講演会(ご案内・ご報告)

第10回講演会

プログラム2
「丸山ワクチンによる自然免疫の活性化」
日本医科大学微生物学免疫学教室
高橋 秀実先生


1.新しい免疫学:自然免疫と獲得免疫

 皆様、こんにちは。日本医大の高橋でございます。
きょうお配りしたものは、私が昨年、丸山先生のお名前をどこかに残したいと考え、外国のある本に載せたものの版権を取りまして、皆様にお配りしたものでございます。
きょうお話する自然免疫中心に位置し、私達の免疫をコントロールする「樹状細胞(dendritic cells: DCs)」は、昨年ノーベル賞を受賞したラルフ・スタインマンという人が発見し、その解析を展開した分野でございますが、その「樹状細胞」が今日、がんの免疫療法においても注目を集めている状態にあります。最近私どもは、この「樹状細胞」の活性化能が「丸山ワクチン」に存在することを見いだしました。さらにきょうのお話しの最後のほうで、この「樹状細胞」に関する私どもが最近見いだしました話、実はアメリカでも同じようなことをちょうど言うようになって参りましたが、この連休中に大学院の学生の指導をしまして、ある雑誌に掲載されることになった内容に関してもちょっとお話ししたいと思います。

(図1「リッピンコット」)

 この図は私が2年ぐらい前に東京医科歯科大学の矢田純一先生と一緒に出版しました『リッピンコット』というイラストレートの非常に美しい免疫学の本ですが、初めて自然免疫系と獲得免疫系をきちっと分けた形でつくられた免疫学の教科書です。もしも、本屋にお立ち寄りのときはご覧になっていただければと思いますが、自然免疫と獲得免疫というように今は免疫を2つの要素に分けて考えるようになってきました。
 私は東洋医学部の部長も兼務しておりまして、病気の治療を考える際に、東洋では常に「扶正去邪(ふせいきょじゃ)」とう立場をとります。我々は細菌感染、ウイルス感染に陥ったときに抗生物質、抗ウイルス剤でそれらを排除します。すなわち「邪」取り除くという治療法を用います。それはがんに対する場合も同じです。東洋医学では、「邪」を排除するだけではなく同時に扶正、体の持っているシステムを正常化するということをしなければ病気は治りませんというようなことがバイブルでもある『黄帝内経(こうていたいきょう)』という2000年以上前の本に書いてあります。「自己」というもの、これは今お話ししました『リッピンコット』から取ったものですが、そして「非自己」というのがあって、実は「自己」を取り巻く「非自己」に対し、我々は反応し、認識し、それらを排除しようという動きをするわけです。その「非自己」にはどういうものがあるかというと寄生虫とか真菌、毒素、細菌、原虫、ウイルス、ここまではわかるのですが、実は我々の体内にできたがんもまた「非自己」に相当します。それからもう一つ気をつけなければならないのは、我々医療者が注射や点滴で入れるようなもの、移植するようなものでさえも「非自己」になるという概念があります。一般に「非自己」は外界から襲ってくるわけですが、一番最初に出会うところに形成されている我々の体表面のバリアを構築するのがこの自然免疫です。

(図2「扶正去邪:自己と非自己」)

 丸山ワクチンはどこに作用するのでしょうか。我々はこれまで血液を抜いて血液中のどの細胞にどう作用するのだろうとそればかり調べていたわけですが、血液中にある免疫と、体表面の皮膚、粘膜における免疫は様相が全然違う。血液中には丸山ワクチンの相手はいなかった可能性があるのです。実はこの体表面のほうに丸山ワクチンの標的がいたと。この自然免疫の成り立ち、丸山ワクチンはどう作用していくかということをきょうは考えてまいりたいと思っております。


2.丸山ワクチンは免疫の総元締「樹状細胞」に作用するのでは?

我々が持っている元来の抵抗力をアップさせるためには、実は体表面の免疫を活性化させることが非常に大事で、これが扶正ですね。体表面から入ってくるウイルスは抗ウイルスでやっつける。そして、がんはどこから発生するかというと体表面の皮膚、粘膜から発生してきます。

(図3「免疫システムの二重構造」)

 ちょっと図を見ましょう。我々が今まで免疫学として教科書で習っていたのは獲得免疫を構成する左側の部分、キラーT細胞、ナチュラルキラー細胞、そしてヘルパーT細胞が含まれます。このヘルパーT細胞はキラーT細胞、ナチュラルキラー細胞を活性化させるヘルパーT細胞のI型とBリンパ球に作用して抗体をいろいろつくらせるヘルパーT細胞のII型と呼ばれる細胞群に大別されます。従来より、我々の免疫システムはこれだけだというふうに教科書的には載っていましたし、今でもその程度にしか教えない大学もいっぱいあるわけです。
 ところがここにあえてスペースを開けておいたのは、ここに意味があるのです。実はこの体表面に自然免疫と呼ばれる、血液には全然接触しない、血中にはほとんど流れていかない大事なバリアがあって、それがウイルスと戦ったりする抵抗性の基になっているということが分かってきました。そこにいる細胞の中心メンバーはガンマ・デルタ型T細胞、樹状細胞、そしてナナチュラルキラー細胞とは異なるナチュラルキラーT細胞、そしてもう1つのB細胞、B-1細胞から構成されています。このB−1細胞が活性化し、異常になると慢性関節リウマチになったりあるいは膠原病になったりする。そしてこのB-1細胞の総元締めがDC、樹状細胞(Dendritic Cells:DCs)です。きょうはこれだけ覚えて帰ってくださればいいですね、我々の体表面には血液には接触しないけれども何か総元締めがいると、この総元締めの名前は Dendritic Cells(樹状細胞)といいます。
 この樹状細胞はガンマ・デルタ型T細胞、NKT細胞、そしてB-1cellを制御しています。この樹状細胞は体内のT細胞、B細胞の制御もしている。この大もとが狂うと結局全部だめになってしまうと、その大もとに丸山ワクチンは作用しているのではないかということです。今、最先端の免疫学、例えばアメリカの『キャンサーリサーチ』などという雑誌の主体は実はこの樹状細胞には何種類もあり、その樹状細胞の区別によってがんを治せないかというような発想に立っています。


3.樹状細胞の発見

(図4「皮膚の二重構造」)

 そこでちょっと皮膚のことを体表面ということで考えましょう。皮膚というのは表皮という薄くて腫れ上がったり湿疹が出たりとかそういう場所ですね、その奥には切ると血が出る場所、それを真皮といいます。図に示しますようにこれはわずか1ミリ以内です。この表皮の1ミリ以内の中はどうなっているかというと、角質、顆粒、有棘、基底層、そしてこの基底層の中にはメラノサイト、メラニン色素含有細胞というものがあって、この1ミリの中にいっぱい皮膚の細胞が詰まっているのです。およそ五、六層になっているわけですが、これらの細胞ががんになるのです。例えば顆粒細胞がん、有棘細胞がん、あるいは基底細胞がん、そして色素細胞ががん化したものがメラノーマです。結局、下の真皮のところにある例えば脂肪細胞、筋肉細胞はがん化するわけではありませんで、非常に浅いところでがんは起こってきます。そこの中にいる見張りの主体が樹状細胞だということです。
 図をよく見ますと基底膜というところにランゲルハンス細胞という名前の細胞があります。これは樹状細胞の一種です。この樹状細胞は、白血球100個調べても1個もありません。1,000個調べて1個出てくるかなと思うほど少ないのですが、非常に大事な細胞です。ランゲルハンス細胞は樹状細胞の一種で血管には接触しませんが、周りをリンパ液に満たされている。そしてこの樹状細胞が直接的にがん細胞と出会うということです。
 では、この細胞は何をやっているのか。ランゲルハンス細胞は図のように皮膚の中の一部に伸びたような形に見えます。だから昔は神経系の細胞ではないかというふうに思われていたのです。お医者さんの方はランゲルハンスといえば膵臓のインスリンを出すβランゲルハンス島というようなものを思い浮かべますけれども、膵臓のランゲルハンス島とは全然違います。ただ、膵臓のランゲルハンス島も皮膚のランゲルハンス細胞もドイツのランゲルハンスという人が見つけましたので同じ名前なのですが、全然違うものです。
 先ほどのノーベル医学・生理学賞ですが、昨年、ラルフ・M・スタインマンというユダヤ系の人ですけれども、亡くなって3日後に出されたということは記憶にある方もいらっしゃると思います。私はスタインマンを20年ぐらい前から存じておりまして、特にスタインマンの直属のお弟子さんだった稲葉カヨさんという京都大学の教授がおりますけれども、その方と親しくさせていただいております。スタインマンさん、そしてブルース・ボイトラーさん、ジュール・ホフマンさんの2人が樹状細胞関連因子、Toll-like receptor というものの発見者としてノーベル賞を受賞しました。

(図5「2011年ノーベル医学・生理学賞」)

 写真はスタインマンです。彼はすごいですよね。“Ralph M. Steinman discovered in 1973 a new cell type that he called the dendritic cell.”ということで、1973年に血液中の1個の細胞に注目したのです。何か格好がおもしろいと思ったのでしょうね、その樹状細胞をおよそ40年近くにわたってずっと追跡し、この樹状細胞に関する世界を打ち立てた訳です。この樹状細胞の世界というのが、実はおそらくこれから医学を大きく変革させる中心になってくるのだろうと思います。


4.樹状細胞の抗原提示分子

 この樹状細胞は実験的に我々の末梢血、血の中からつくることができます。どうやるかというと、末梢血単核球にインターロイキン4という物質とGM-CSFという物質を入れて培養し誘導します。そうすると表面にぼこぼこと突起みたいのが出てきて、先ほどの1個1個の皮膚の中に入り込んでいたような細胞が末梢血から培養できるようになってきたということです。今樹状細胞の研究の大半はこの細胞群を使って行っています。この細胞はあらゆる情報を体の隅々まで送ることができます。要するに情報提供細胞、別名「抗原提示細胞」というふうに呼びます。

(図6「樹状細胞上の抗原提示分子」)

 きょうの講演の中でちょっと難しいですが、重要な話をします。樹状細胞は自分自身はがんになることはほとんどないのですが、この抗原提示細胞はがんの情報などを出します。樹状細胞の表面にMHCという分子とCD1という分子と2つの特殊な分子群が出ていまして、両方とも情報提供分子です。MHCはT細胞などに情報を教えるための分子で、クラスIとクラスIIというものがあります。I型、II型です。なぜ、2つあるかというと、自分自身の中で遺伝子変化によって出すような情報は通常クラスIから出す。そしてがんから取り込んで、がんの切れ端みたいな、自分ではつくっていないけれどもがんのかけらみたいなものを情報として出すのがクラスIIです。最後にCD1ですが、これはがん由来の脂質みたいな情報を出して、こういうような脂を持った細胞があればやっつけなさいと命令を出す情報提供分子です。
 自然免疫の中心にいるのがこの樹状細胞ですが、自然免疫と丸山ワクチンとの関係について、『新・現代免疫物語「抗体医学」と「自然免疫」の驚異』という本が3年前に元阪大総長の岸本忠三さんから出されました本の中に記載されています。昨年8月阪大の総長は岸本さんのお弟子さんだった平野俊夫さんに代わりました。阪大の総長は歴代免疫学者であり、実は第三内科というところの教授を兼務していきます。すなわち内科の教授である免疫学者が阪大の総長をずっとやっていくということで、山村雄一さんから始まり岸本忠三さん、そして今平野俊夫さんが阪大の総長でして、おそらくこの続きはノーベル賞候補とも呼ばれた審良(あきら)静男先生に引き継がれていくのだと思います。非常に優秀なメンバーですね。
 そしてこの本の中に丸山ワクチンという言葉が出てきます。丸山ワクチンの効用、効き方も実は自然免疫に影響しているんだというような一文が出ているのでちょっと引用させていただきました。すなわち、あれほど山村先生は丸山ワクチンなんてとばかにしていたわけですが、実は自分の一番のお弟子さんがやっぱり丸山ワクチンは意味があるよということを本に書いて出したわけです。


5.結核菌から抽出した丸山ワクチンの成分

(図7「丸山千里先生」)

 先ほどお配りした資料の中に示しますように、昨年出した英文の書物の中に“Now we should recall the name of Chisato Maruyama”と書かせていただきました。
 丸山先生は日本医大の皮膚科の教授でありましたけれども、皮膚結核の大家でありました。多くの患者さんを診察する中で結核、特に皮膚結核に罹った人はがんに冒されにくいということを見いだしたわけです。結核に罹った人は罹っていない人と隔離されるため、回診は分かれています。そうしますと結核病棟を診たあと、結核に罹っていない人たちの病棟を診ると、明らかに結核に罹った人のほうががんが少ないなということを、丸山先生は臨床の現場でお感じになったのだと思います。結核に罹ったヒトはどうしてがんになりにくいのだろうか、結核菌の成分の中からがんになりにくい成分というものを取り出すことができるのではないかというふうに、丸山先生はお感じになられたと推察されます。

(図8「結核菌由来の成分」)

 その結核菌は、1個1個芯が抜けたロウソクみたいになっているわけです。実はこのロウソクの中の芯ですが、ロウを溶かして芯の中身だけを染める染色法があるのです。それはZiel Nielsenという染色なのですが、ロウを溶かして染色するところが線みたいに見えますね、実はこれが結核菌の本体なのです。すなわち結核菌はロウを溶かすことによって染色同定できるということになります。
 で、どうも丸山先生は結核に罹るとがんになりにくいというのはどこが大事なんだと、ここは直観ですよね。普通考えればこれは菌の遺伝子とかそういうのが大事だと思うでしょうけれども、そういうのは入れない、入れないということは菌を除いたロウソクみたいな成分のほうにがんを防御する重要な物質が入っているのではないかと発想をしたんですね。そして、このロウに含まれる成分を抽出するということをなされたわけです。そのために水の中に結核菌を入れて煎じたわけですね、全く漢方みたいな世界ですけれども、その煎じ薬の中に2つの物質が見つかってきます。1つは若干水に溶けるような糖脂質で、糖と脂とが合体しているアラビノマンナンというような物質です。豚汁をつくると脂が浮いてきますけれども、そのようなものです。そして同時にこの脂の主体、これをミコール酸といいますが、この溶けだしたミコール酸の成分の重要性を想起されました。この溶け出したミコール酸とリポアラビノマンナンがミックスし、そしてその後さらにおそらく若干のものを加えた物質、それが丸山ワクチンの主成分なのです。皮膚結核の患者さんからヒントを得て、そういうものを皮内投与する方法を丸山先生は開発されました。こういう脂質を主体とした物質の中に免疫活性化作用があるだろうと。今まで脂質による免疫の活性化を考えるなどということはなかったわけですが、丸山先生は脂質が免疫反応を活性化するというようなことを直観的に感じられたのだと思います。こうした発想は、驚くべきことに免疫の実体がほとんど知られていなかった戦前になされました。丸山先生が丸山ワクチンを世の中に出したのは1943年から44年ということです。


6.膀胱がんのBCG注入療法

 そういうことで結核菌ががんにも有効だというのがこの十数年、泌尿器科のほうから提示されています。1つはライブBCG、すなわち生きた結核菌、あれを膀胱がんの人の膀胱の中に注入するのです。そうすると当然そこにいる樹状細胞は感染します。昔から結核菌というのはマクロファージや樹状細胞に感染するということ、すなわち結核菌の標的が樹状細胞、マクロファージであったということは知られていました。膀胱粘膜にいる樹状細胞が感染すると、周りに例えばインターロイキン12というのを出したり、あるいは関連物質を出したりすることによって、周りにかなり影響を与えるのです。その結果、ガンマ・デルタ型T細胞が活性化されナチュラルキラーTという自然免疫の細胞が活性化され、がんの周りにいる細胞がざぁーっと活性化されていきます。もちろん、ナチュラルキラーの一部も活性化されます。そして、膀胱がんがあった場合にナチュラルキラーやガンマ・デルタ型T細胞、この樹状細胞の部下たちは一生懸命この樹状細胞で活性化された細胞を使って膀胱がん細胞を抑える。これが実は結核菌の膀胱内注入療法の良い面です。これはかなり意味があるというような形で、私も現在泌尿器科の先生たちと共同研究をしています。
 ところが後ほど出てきますが、これには問題があります。やっぱり丸山先生は賢かったと思うのは生きた結核菌を使わなかったということです。生きた結核菌を使っていると腎臓結核など他の病気が発生するというような問題が出てくるのです。だから丸山先生は結核菌そのものを使わなかった、結核菌から抽出したものを使うというようなことをやったわけです。この部分のお話は最近の“Cancer Immunology Immunotherapy誌”に掲載致しました。すなわち樹状細胞をBCG刺激すると抗腫瘍免疫を強化できるということを示しています。
 図に示しましたように体表面の自然免疫はガンマ・デルタ、樹状細胞、NKT、すなわちこれが感染するとこれらも一緒になって動いて、ついでにナチュラルキラーも動いて全体的にがんの免疫力が強化されるということです。で、結核菌がこれらの自然免疫細胞群を活性化するということはわかります。でも、感染性の強い結核菌そのものを持ち続けるのは危険だと丸山先生は発想したわけです。


7.がんペプチドワクチン

(図9「キラーT細胞の誘導」)

 実はきょうお見せしたかったのですけれども、これがキラーT細胞です。ここにがん細胞があると、このキラーT細胞というものはがん細胞のマークをキャッチします。その後キラーT細胞が動けばいいのですが動かない。頑張れ、頑張れと命令をしているのが樹状細胞なのです。その樹状細胞ががん細胞の特徴を選別して、実行部隊であるキラーT細胞にその特徴を教える。それが先ほどのMHCという分子を介して提示されると「わかりました」と、「こういうマークを持ったものにはこうすればいいんですね」ということになって、がんはどんどん……ところが、培養してちょっと時間が立つと、これが動けばもちろんいいのですけれども、キラーT細胞はどんどん死んでいきます。どうして死んでしまうかというと、最近わかってきた事実として、がん細胞がこの樹状細胞そのものを異常な状態に変化させてしまう可能性があるということです。
 通常樹状細胞が認識するマークは蛋白質の断片であって、がん細胞表面のペプチドと呼ばれるようなものを認識しています。従って、がんペプチドを見つけてそれをこの樹状細胞にくっつけて教えればいいじゃないかと、これががんのペプチドワクチンのはしりです。今がんのペプチドワクチンはいろんなニュースでやっていますけれども、大事なことはこのがんのペプチドというのは、癌患者ごとの個体差があり、おびただしい数があるためどのペプチドを使えばいいかわからない状況に陥ることです。一つ一つのがんでみんな違うのです。また、キラーT細胞はどのペプチドで反応して殺すかもわかりません。今やっていることは暗中模索で片っ端からがんのマークを見つけてはこれでどうだ、これでどうだと。
 ちなみにこのペプチド1個を認識して人に安全に接種できるぐらいにふやすためには大体一人当たりの総治療費は1,000〜2,000万円を超えると考えられます。丸山ワクチンは40日分9,000円ですから全然違います。で、当たるか当たらないかはわからないという状態ですね。実は丸山ワクチンはこれを超える発想を持っていまして、そのことをこれからお話ししたいと思います。


8.がんペプチド抗原を提示するI型抗原提示分子(MHC-I)

(図10「クラス I MHC分子を介した抗原提示」)

 がん細胞における抗原提示分子(MHC-I)は、がん細胞が細胞内で産生したがん蛋白抗原を提示します。がんの特徴的なペプチド部分が切り出されてその位置を分解されないようにして出していきます。このペプチド断片は、ホットドッグに入れるソーセージみたいなもので、ソーセージが抜けないように固定化されて提示されるのです。実際われわれの細胞はがん化すると、このようながん抗原ホットドッグを細胞の表面に出しています。遺伝子を持っていない細胞はがん化しません。遺伝子を持っている細胞は全部がん化するということは内部の狂った情報を表面に出せるということです。
 キラーT細胞は、MHC-Iを介して提示されたがん抗原のペプチド情報をキャッチして、この遺伝情報が狂っている細胞の遺伝子をぶち壊せばいいということでがん細胞を破壊します。不思議ですね、このキラーT細胞はがん細胞の中の遺伝子をばらばらにする能力を持っています。これをアポトーシスと呼びます。すなわち情報を出した細胞の遺伝子をばらばらにしてがん細胞を殺すのです。
 がん細胞由来のがんペプチド抗原はクラスI型のMHCに出てきます。内部からつくられたものはクラスIと呼ばれる先ほどのMHC分子を介して細胞表面に提示される。そして先ほどのキラーT細胞に認識される。繰り返しますが、ここは重要ですからしっかり理解してください。
 このメカニズムがわかると丸山ワクチンが何をやっているかわかります。例えばがんの抗原を仮に我々が食べたエビとします。エビを食べるとそのエビの蛋白は分解されて、そしてエビというマークを出してくると、これはMHCのクラスII型から出てきます。我々の体がエビをつくっているわけではなく、食べたエビの断片を出しているだけです。ところがMHCのクラスIから出すと自分の体の中でエビをつくっていますということになるわけです。で、エビ蛋白が我々にとって体中を回ったら異物ですからうまく制御しようということで、これに対してはヘルパーT細胞が認識をして抗体をつくらせる。すなわち取り込んだエビの蛋白があっちへいったりこっちへいったりしないように我々は通常その抗体をつくり制御します。すなわち体内でつくるのと体外から取り込むというこの差がすごく大きいのです。がん抗原は樹状細胞に取り込まれた後、断片化され、がんペプチド抗原としてMHCのクラスIIから出る、自分でつくっていないとこういうことになります。
 ここですごい謎が出てきます。例えばこの樹状細胞はがん抗原を外から取り込んで自分ではつくっていないんです。それでも、MHCのクラスIから情報を出さないとがん細胞をやっつけるキラーT細胞は活性化できない。何が起こっているんだ、樹状細胞はがん化できない、がん化できないけれどもがんの抗原を選別して自分がつくったように見せる能力のある細胞にならなければいけない。そしてそれを受けとったキラーT細胞は、「わかりました、このマークを持っている細胞がいたら殺せばいいのですね」ということをやるわけです。本当は自分でつくっていないのに自分でつくったかのように見せるシステム、これが最近わかってきたのです。
 近年の研究の結果、がん細胞のみではがん免疫を誘導できないということがわかってきました。もう1つは、情報を提示する樹状細胞はがん化しないということもわかってきました。がん化しないのに自分でつくったかのごとくがん情報を出してT細胞を活性化するルートがなければならない、それはどうすればいいのかというところに科学の眼は向いたわけです。


9.樹状細胞の特殊ながん抗原提示能“Cross-presentation”

(図11「Cross-presentation」)

 すなわち、がん化しない樹状細胞は、例えば断片化されたがん抗原を取り込み、通常はMHCクラスIIから情報をだすにも関わらず、ある種の樹状細胞はこのがん抗原ペプチドをMHCクラスIから提示する可能性が判明してきました。この現象をクロスプレゼンテーションといいます。がん情報をあたかも自分がつくっているように出して、キラーT細胞に、こういうマークがあったら活性化してがんを殺せと。そしてこのクロスプレゼンテーションを行う物質を私は偶然にも1990年ごろからずっと追跡してきたのです。その中の1つが『ネイチャー』という雑誌に載ったのですけれども、ISCOMという木の樹皮から取ったような物質とともにがん抗原を取り込ませるとこのようなクロスプレゼントが起こることを報告しました。その後、がん抗原を取り込んだ樹状細胞を、その表面に発現したtoll-like receptors (TLR)3を介して刺激したり、ICSOMの代わりにコレラ毒素やBCGを使うと誘発されることを確認してきました。
 このクロスプレゼントを見てみましょう。がん細胞から抗原を取り込んだ樹状細胞はここでMHCクラスIIからではなく、クラスIからクロスプレゼントしキラーT細胞に情報を与える。そうするともともといたがん細胞を傷害するようなキラーT細胞が誘導され、がん細胞が消えるというようなルートがここで見えてきたわけです。
 また、樹状細胞の中でも、クロスプレゼントができる樹状細胞の表面にはDEC-205という分子が発現していることが分かってきました。これを見つけたのも故スタインマン博士でした。スタインマンは、樹状細胞にDEC-205陽性のものがあって、それが外部から取り込んだ抗原をクロスプレゼントする、ということを述べこの世を去りました。
 現在生化学的な技術を用い、実際にがん細胞の表面にMHC-I分子を介して提示されたアミノ酸の配列を決定することができますが、それには多大な手間と費用がかかります。ところが、このDEC-205陽性の樹状細胞を使えば勝手にがん抗原を取り込み最も適したペプチド抗原をMHC-I分子とともに提示してくれるわけですから、この樹状細胞を使ったほうがずっと賢いですよね。あるいはこのDEC-205陽性の樹状細胞を体内で活性化できれば、がんが近くにあればがん抗原を取り込んで、勝手にがん抗原を提示してくれるわけですから、いちいちがんペプチドを同定する必要もなくなります。そしてそれぞれの体の中の樹状細胞に頑張っていただくというような免疫療法がこれから起こるだろうというふうに思います。


10.DEC-205型樹状細胞と33D1型樹状細胞

(図12「DEC-205陽性DCと33D1陽性DC」)

 以上より私は、丸山ワクチンが選択的にDEC-205陽性型の樹状細胞を活性化する能力があるのではないかということを想定しました。我々の体表面には最低2つのタイプの樹状細胞がかなり広範囲に分布しています。1つはDEC-205分子を発現したクロスプレゼントの能力のある樹状細胞で、もう1つは33D1という分子を発現した樹状細胞です。私はこの33D1陽性樹状細胞だけを選択的に除くことはできないかという実験をマウスモデルを用いて実施しました。そして抗33D1抗体をマウスに接種することによって、選択的に一定期間、個体内から33D1陽性樹状細胞を除くことに成功しました。そして、それにがん細胞を接種したところ、驚いたことに33D1樹状細胞を除去したマウスにおいて接種した腫瘍の増殖が抑制されることを確認しました。
 我々の体の中のある樹状細胞はみながんと闘うためには必要であると考えられておりましたが、そうではない樹状細胞もいると考えられます。そのような樹状細胞を体から除いたらがんが縮小した。ここで、がんが縮小した理由は腫瘍内で浸潤したキラーT細胞によると考えられますが、悪い樹状細胞を除くと体の中から、がんを攻撃するようなキラーT細胞が出て来るわけです。すなわち我々の体の中にはがんに対して良い樹状細胞DEC-205型と、悪い樹状細胞33D1があって、その33D1にダメージを与えてDEC-205を活性化してやるとがんが縮小するということが分かってきました。また一方において、がんが大きくなった塊に対し、がんを殺すようなキラーT細胞をふやし注射をし、養子免疫療法を実施しても、がんは全く縮小しない場合があることも分かってきました。このような状況に対し、丸山ワクチンは有効性を示すことが出来るのでしょうか
 つまり、私立ちは腫瘍塊の中に存在する樹状細胞自体が、腫瘍から影響を受け移入したキラーT細胞を不活化することを見いだしました。腫瘍内の樹状細胞はがんに囲まれると良いキラーT細胞がやってきてもどんどん排除してだめにしちゃうんですね、朱に交われば赤くなるというようなことで悪いがん細胞に囲まれると樹状細胞そのものも悪くなってしまうというような形で、これをTolerogenic Dendritic Cell(Tolerogenic DC)、すなわち機能を失った樹状細胞となることが見えてきたのです。


11.DEC-205陽性樹状細胞が体内の異物「がん」を排除する

(図13「腫瘍塊内のTolerogenic DCとHelper DC」)

 こうしたなか、アメリカの腫瘍研究グループは、増殖性の強い腫瘍塊の中の樹状細胞を除くという手段を講じました。その結果、がんは縮小したとのことです。すなわち、腫瘍塊に存在する樹状細胞(Tolerogenic DC)を除くとがんは小さくなる。では、樹状細胞を選択的に除くなどということができるのでしょうか、それは実験的にはできるけれども、人間の体では無理です。そこで我々はどうしたらTolerogenic DCをキラーT細胞を誘導・活性化するヘルパー型に変換することができるか、と考えるようになりました。種々の研究を通じ、現在では、丸山ワクチンは腫瘍内の樹状細胞をヘルパー型に変換できるのではないかというように考えるに至りました。
 最近私どもは、次のような研究結果を得ました。遺伝的に全く同一のネズミ、すなわち雌と雄がいても遺伝子は全く同じ、生まれてくる子どもの遺伝子も全く同じ、という状況下において母親の体内にできた児の妊娠・出産過程を検討しました。妊娠中、母胎内の同一遺伝子を有する子どもはどんどん大きくなってきますが、妊娠して胎児がどんどん成熟してある一定期間になったらば生まれてくる、すなわち、胎児を排除するわけです。こうした過程で妊娠維持を担うプロゲステロンというホルモンは先ほどの33D1陽性の樹状細胞すなわち保持型樹状細胞を活性化しますこれに対し出産時には急速にDEC-205陽性すなわち異物を排除するというタイプの樹状細胞が活性化することを見いだしました。つまり妊娠の末期になるとプロゲステロンという33D1をふやしていたホルモンが消え、そして同時に逆にDEC-205陽性の排除型が活性化し、出産が起こるのです。では、これを実験的に妊娠中の早い時期に33D1樹状細胞を除去してみたところ流産が誘発されました。この結果は、本年の“Immunobiology”という英文誌に掲載されたところです。
 ここで示したように妊娠過程でプロゲステロンを除くと相対的にDEC-205は増加して流産が起こります。胎児は同じ遺伝子を持ったまま生まれてくるので体内増殖性細胞群、これはがんと酷似しております。がんにおいてDEC-205陽性樹状細胞を選択的、持続的に体内活性化させてやることというのは非常に大切なことだと思います。以上の結果を、図に示します。

(図14「妊娠出産と樹状細胞」)

12.丸山ワクチンはDEC-205陽性の樹状細胞を活性化する

 本日の私の最後のお話しになります。詳細は省きますが、結核菌より抽出した物質群をうまく配合することによって、私どもはDEC-205陽性の樹状細胞が選択的に活性化されることを実験的に確認致しております。ここで、大事なことはこの樹状細胞には記憶がないことです。1回打たれると二、三日ぐらいで忘れてしまうのです。従って、2日に一遍とか3日に一遍打ってあげないと活性化を維持することができません。そしてこれからの問題は、こういうことをやり続けることによって先ほどがんの中にでき上がったTolerogenic樹状細胞、すなわち悪さをする樹状細胞が良いほうにやがて変換される可能性があるかということで、現在その研究をしております。もしかしたらそういうことが丸山ワクチンの大事なファンクション、作用なのではないかというふうに考えています。


13.がん免疫の新たな潮流:丸山ワクチンへの再評価を含めて

 まとめです。BCGでDEC-205、たしかに活性化される。ミコール酸はガンマ・デルタを活性化し、DEC-205陽性樹状細胞も活性化される。

(図15「丸山ワクチンの真の作用とは」)

 最後のスライドになります。「自己の細胞のわずかな変化も見逃さない免疫システムによりがんを制御できないのであろうか?」というクエスチョンです。これはきっとできるのだと思います。我々の体内には常にがん細胞ができ、そしてそれが認知され、排除されているシステムがある。ただし、結核の患者さんがどうしてがんに罹りにくいのか、あるいはがんの進行が遅かったのか、そしてBCGを膀胱内に注入しておくとどうして膀胱がんの進展が抑制されるのか、このようなことが今の疑問になっているわけですが、結核菌やBCGそのものを接種するのは危険であり、毒性や感染性を考慮した治療法を実施しなければならないと思います。すなわち結核菌そのものを用いている方法はやがて改めねばならないことになるだろうと考えております。膀胱癌の治療も現在は生きた結核菌を使っていますが、やがてそうならない方向に向かうのではないかと思います。結局、丸山ワクチンに行き着くのではないでしょうか。
 「樹状細胞を主体とした自然免疫活性化によるがんとの共生」、すなわちがん細胞は自分が変化したもの、赤ちゃんみたいなものですので、本当に徹底的にやっつけてそこの中にいる樹状細胞がもっと暴れまくるような状態をつくるのが賢いのか。そこにいる樹状細胞の親玉を活性化し、自らの細胞が変化したがん細胞群を手なずけ、がんとの共生を目指すのが賢い選択か、現在はその狭間にあるような気が致します。丸山ワクチンはがんに直接影響するのではなく、がんの中でがん細胞により洗脳されたtolerogenicな樹状細胞を、がんとの共生関係を構築するための樹状細胞に変換するような能力を授けるものではないであろうか。ただ現在の注射による投与方法では、丸山ワクチンは普及しにくいであろう。皮膚吸収を目指した貼付薬や経鼻投与による点鼻薬の開発も重要な課題である。こうしたことを念頭におき、これからも、丸山ワクチンの実体解明をめざし、いましばらく研究を続けて参ろうと考えております。きょうはどうもありがとうございました。(拍手)