講演会(ご案内・ご報告)

第14回講演会

プログラム2
『丸山ワクチン作用機序に関する最新の知見』
日本医科大学微生物学・免疫学教室主任教授
高橋 秀実 先生


1.はじめに

 皆様こんにちは。高橋でございます。
私が初めてここで丸山ワクチンのことを話したのは今から11年前なのです。11年前は、自然免疫という概念が出てきたばかりの頃でしたが、恐らく自然免疫こそ丸山ワクチンが動かすものであり、がんを治すためには自然免疫が重要なのだというお話をさせていただきました。 その自然免疫の中でも、樹状細胞というのが、がんをやっつけるために非常に重要なのだということ、そしてこの樹状細胞をうまく活性化するところに実はこの丸山ワクチンがうまく作用しているみたいだということまで分かって来ましたので、今日はそのお話しをさせていただこうと思います。

図1【図1】


2. 話題の免疫療法剤オプジーボ ――がんの免疫抑制を妨げる治療法

 先ほど江上先生のお話にありました、本庶先生のオプジーボ、去年から皮膚がん、メラノーマに対して使われ始めたのですが、今年、肺がんにも適用になりました。 1ショット130万円となっていますが、実際に臨床で用いるときは一人1ショット250万円です。 問題は、これを毎月打たなきゃいけない。 年間の使用料は250掛ける12、すなわち3,000万円になります。 一人当たり3,000万円の医療費をかけることが本当にできるか、実際にはやられているわけですが、それしかないのかということです。

図2【図2】

 この薬が免疫の何を動かすのだろうか。標的にするのは、キラーT細胞、別名cytotoxic T lymphocyte。キラーというのは殺し屋という意味です。 我々の体の中には、がん細胞を殺しに行く免疫があって、樹状細胞がちゃんと働いてくれるとキラーT細胞ががんをやっつけるというシステムになっていたわけですが、問題は、キラーT細胞ががん細胞をやっつけるときに、「待て」という合図を出すものをがん細胞は持っている。それはPD-L1という分子です。 PD-L1はキラーT細胞の表面にあるPD-1という突起みたいなものをつかまえて、攻撃させないようにする。 去年からのこの新しい療法というのは、PD-1抗体を使って、キラーT細胞のPD-1にカバーをかぶせ見えなくしてしまい、がん細胞のPD-L1がキラーT細胞にストップをかけられなくなる。 すると、殺し屋が「待て」と言われないままがん細胞の近くにやってきて、ぱっと殺すというようなことをやる。夢みたいな話しですけれども、これが今やられている治療法なのです。
 このPD-1という分子は、キラーT細胞の表面に出ているのですけれども、同時に樹状細胞の表面には、がん細胞の表面にも出ている「待て」というPD-L1分子が出ている。何のためだろう。 実は、樹状細胞はがんの表面に出ているのと同じマークを出して、「こういうマークを出していたら殺せ」と教えるのですが、キラーT細胞が、教えた先生も殺しちゃうということが起こらないように、我々の体は、PD-L1、PD-1の関係で樹状細胞を殺しに来た者をストップするというシステムがある。 もしも、PD-1に対する抗体を使った場合は、樹状細胞みずからもキラーT細胞によってがん細胞と同様に殺される。 ただ、我々のシステムの中には、キラーT細胞が樹状細胞を殺せないようにする、がんだけを殺すようにするシステムがあるので助かっているという状態です。
具体的には、免疫チェックポイント阻害剤なんて言いますけれども、PD-1抗体、あるいはPD-L1抗体、最近は、キラーT細胞の誘導を促進するために、抑制する反応をストップするCTLA-4、そのようなものも薬になって、全部さっきと同じぐらいの値段なのです。 1ショット数百万円。 アメリカでは、例えば、複数の抗体を組み合わせて治療をするものですから、今の値段は250万円からもっとはね上がって1回400万円。 アメリカの場合、全部オプションで、お金を持っている方がその治療を受ける。 日本は、国民皆保険で治療を受けることができるということです。



3.キラーT細胞を誘導する樹状細胞

 これまでは、がん細胞を殺すキラーT細胞などが働かないから、人為的に抗がん剤でがん細胞を殺すしかないという概念だったのです。 すなわちがんになってしまった患者さんの中では、免疫がなくなっているので、抗がん剤でがんを直接やっつけるしかない。 というふうに考えられていたんです。 ところが、この数年間、がんの患者さんの中には、キラーT細胞みたいな免疫がちゃんとでき上がっている、でも、それがうまく働かないのだというような概念が見えてきました。
 キラーT細胞が、どんどん働いてがんがやっつけられるようなシステム。 一つはがんがキラーT細胞に「待て」ととめることをさせないという方法ですけれども、キラーT細胞ができていない患者さんでは、幾らやっても意味がないわけです。 いま一つは、キラーT細胞をがんの患者さんの体内で誘導する方法はないものだろうか、ということです。
 実は、キラーT細胞の誘導に関して今日お話できることは、丸山ワクチンのようなものを打ち続けると、がんを持っていらっしゃる患者さんの体内に、キラーT細胞ができてくる可能性がわかってきたということです。
 これは、キラーT細胞です。これががん細胞に向かって突入していきます。 緑がキラーT細胞で、青いのががん細胞です。見ているとキラーT細胞ががん細胞にくっついて、その中に赤いものを注入して、がん細胞を殺してしまう。これがパーフォリンという物質で、キラーT細胞は一生懸命がん細胞を殺す、こんなものがそれぞれの体の中にでき上がるのです。 丸山ワクチンはもしかしたら、そういうものをつくれるような武器かもしれないということです。
ただし、そこには樹状細胞というものがいて、樹状細胞は、キラーT細胞に向かって「こういうマークを持っているものを殺せ。」と教える。 通常、このマークは、ペプチドというもので、だんだん一つ一つのがんにどういうマークが出ているかわかってきています。 このペプチドを認識する免疫を活性化するにはどうしたらいいか、ペプチドワクチンと言うのですけれども、そんな研究もされているわけですが、きょうのお話しは余り関係ない。 キラーT細胞を活性化するためには、樹状細胞を活性化すれば、うまくいくのではないかという可能性についてお話します。

図3【図3】

 これが我々の体の中にいる樹状細胞です。この突起だらけの細胞は抗原提示細胞と言って、がん情報を提示し、教えると、それにのっとってキラーT細胞ができてきます。 我々誰もがこういう細胞をつくる能力を持っていて、これが頑張ってくれるとキラーT細胞が出てきて、がんに対する免疫が働くということになります。
 実は、この樹状細胞はつくることができるのです。 我々の末梢血に、GM-CSFという物質を加えると、なぜかわからないけれども細胞がこんな突起だらけになってくる。



4.2種類の樹状細胞 ―― DEC-205型と33D1型がアレルギーや出産に関係


(1)転移のリスク検査

 この細胞を見つけた方は、2011年、ノーベル賞を取りました。 ラルフ・スタインマンという方です。 もともとはカナダの小児科の医者で、たまたま病理学というものに興味を持って、40年間、たった一つの細胞を追っかけたのです。 大変な作業だったと思います。 我々は、白血球が100個の中にリンパ球がどのくらいいるとか、どういう細胞がいるかというのを探して白血球の百分率を調べるのですが、この方はおよそ1万個に1個の細胞に興味を持ったのです。 1万個に1個の細胞はきっと意味があろうと、この樹状細胞を40年間追っかけて、最後の最後、2011年、亡くなった後にノーベル賞を取りました。 この方は、恐らく将来医学において非常に重要な発見をされたとの考えから、死後3日たってからノーベル賞を与えようと、例外的な措置がとられました。
 この方が発見した樹状細胞というのは、これは皮膚の粘膜ですけれども、DEC-2O5というマークを持ったのと、33D1というマークを持ったのと、2つ存在している。 体表面には、細胞性免疫というキラーT細胞などをうまく活性化するDEC-2O5型と、キラーT細胞がうまく働かなくしてしまう33D1型、2つの樹状細胞が並んでいます。
 そこで、33D1という分子を目がけて33D1特異的抗体というものを持ち込んで33D1型樹状細胞全部を殺して除去してしまいます。  このような状態になると、いろいろなことが起こってきます。
例えば、後ほどお示ししますけれども、アレルギーの状態、花粉症の状態、かゆくてしょうがない。 実は細胞性免疫が優位になりますとアレルギー症状がおさまってくる。 選択的にこの細胞性免疫を活性化するDEC-205型樹状細胞をうまく体内で活性化できないかというようなことも研究します。
 2種類の樹状細胞は、実は妊娠とも関係しています。 体の中にいる赤ちゃんは自分とは別のものです。 母親が子供を産むという作業、はじめに排除してしまえば流産になってしまう。 だから、最初の何カ月間は、ずっと赤ちゃんを保持している保持型です。 最後の段階では、排除しなければ永遠にお腹の中に残ってしまいますから、DEC-2O5型樹状細胞というのは、最後に登場すれば、うまく排除できるという可能性が出てきます。 妊娠中、母親の体内では33D1型樹状細胞、先程の細胞性免疫ではないほう、液性免疫を活性化するようなProgesteroneというホルモンがどんどん出てきます。 ところが、だんだん赤ちゃんが大きくなってきて、もはやそれ以上大きくする必要はないということになれば、そこでProgesteroneが出なくなり、33D1がふえなくなります。 それで、相対的に、先ほどのDEC-2O5型、細胞性免疫が優位な状態が来ます。 そうすると出産するのです。  妊娠をしている状態で、33D1型樹状細胞を除去してしまう。 すなわちDEC-2O5型を優位にすると流産が起こる。 そのような体の中にいるものを排除するための免疫が、DEC-2O5陽性樹状細胞によって担われているということがわかります。
 問題は、このような異物、がんも同じものなのかもしれません。 このようなものを、体からうまく排除するためには、細胞性免疫、キラーT細胞を活性化するようなDEC-2O5型樹状細胞を選択的に活性化するのが良いではないかという考えに至りました。
 実は、先ほどアレルギーの話をしましたけれども、体の中でマスト細胞がヒスタミンというのを出して、アレルギーの症状が出るのですが、2016年、今年出た最先端の情報で、ヒスタミンの放出が、DEC-205陽性の樹状細胞によって抑えられる。 すなわち、もしもこのような細胞性免疫を誘導するような樹状細胞が体内で活性化すれば、様々なアレルギーの病態もおさまるということです。



5.DEC-205型樹状細胞とがん免疫 ―― 腫瘍内免疫

 DEC-205型樹状細胞を選択的に体内で活性化させれば、アレルギー病態も治るけれども、細胞性免疫は高まる。 このことは、実はがんに対する免疫にもなるということなのです。
何とか体の中にDEC-205を選択的に活性化するような物質を探さねばということを思ったわけですが、実はそれが丸山ワクチンみたいな物質だなということがわかってきました。
 その話を進めるために、一つのモデルをつくりました。 肝臓がんの細胞を使ったのですが、がんというのは中心部と辺縁部とがあるのです。 周りのほうから取ってきた細胞と、中心にいる細胞とを取って、培養してふやしました。 おもしろいことがわかりました。 すなわち、周りから取ってきたものと、中心部にあるものは増殖の速度、ふえ方が違うということです。 当然ふえ方が早いほうが移植した腫瘍の進行速度は早いだろうと思います。 ところが、全く逆だったのです。 試験管の中で増殖が早いほど、移植した腫瘍は大きくならない。 逆にゆっくりふえていくものほどどんどん腫瘍のかたまりをつくっていく。 これが予想外の結果でした。 びっくりしたのは、キラーT細胞は、どっちのほうにできているだろうかということです。 そうしたら、この増殖は早いけれどがんが小さくなっているほうに、確実にキラーT細胞ができていたのです。 増殖はゆっくりだけれど大きくなったがんのかたまりの中にはキラーT細胞が全然できないのです。 すなわち、がんの増殖を抑えているのは、そのがんの中にいるキラーT細胞だということがわかります。
 次に調べたのは、この中にあるキラーT細胞はどんなものかということですが、今、がんの免疫学の世界においては腫瘍内免疫、がんの中の免疫ということがすごく注目されているわけです。 がんの外じゃないのです。 がんのかたまりの中をほじくって、どのような免疫システムになっているかを調べなさいということなのです。 腫瘍内免疫の状況を調べたら、実はどんどん大きくなる腫瘍の中の免疫と小さくなる方の免疫とはほとんど差がないのです。 たった一つの違いを除いて。 その違いとは何か。

図4【図4】

 この中には両方に同じDEC-205型樹状細胞がいるのだけれども、樹状細胞の状態が違うのです。 樹状細胞が活性化しているかどうかという差だけなのです。 それで、このような免疫を活性化できない樹状細胞のことをtolerogenic DC、すなわち免疫活性能を失った樹状細胞と呼びます。 すなわち、どんどん大きくなってしまうがんの中では、腫瘍内の樹状細胞の活性化能が落ちていってしまう。 逆に、樹状細胞の活性化ができれば、腫瘍に勝つことができるかもしれないということです。

図5【図5】

で、やってみました。 どんどん大きくなってしまうがん細胞と、小さくなるがん細胞を、同時にお腹に植えたのです。 そうするとどういうことが起こったかというと、片方の大きくなるものは時間とともにどんどん大きくなった。 小さくなる方はどんどん小さくなっていく。 おもしろいですね。 小さくなる腫瘍の中には、キラーT細胞がいるのです。 大きくなる方にはいないのです。 当然、小さい方の中にできたキラーT細胞は、血液を使って大きい方にも入っていくはずです。 じゃ入っていくならどうして小さくならないのか。 ここが大事なことですが、キラーT細胞は、外から入れたとしても腫瘍の中で効果を持たない。 すなわち、免疫を活性化できない樹状細胞がいると、入ってきたキラーT細胞がどんどん不活化していっちゃうのです。 難しいですね。
今、養子免疫療法と言って、がん細胞特異的なキラーT細胞をつくって、がんの中に入れると、それは効くだろうというようなことを言われているわけですが、残念ながら、恐らくそれはうまく行かない。 やるべきことは、体の中で、がん細胞のかたまりの中にいる樹状細胞の状態を元に戻す、抑制的なものじゃないようにするということなのです。
実際にキラーT細胞をつくってここに入れたのだけれども、影響がないことを確認しました。 もちろん、がんの中にいる免疫を活性化する樹状細胞を移入しても効きません。 がんの持っている環境を変えないといけないということになります。



6.がん免疫の鍵を握る樹状細胞を活性化する物質

 がんというのは2つあって、1つは、キラーT細胞を腫瘍のかたまりの中で活性化できない状態、この中にいる樹状細胞はTolerogenic DCといいます。 こちらはがんが大きくなる。 もう一つは、免疫を活性化する状態で、この中にいる樹状細胞をHelperDCというのですが、実は、二つは形式的にはほとんど同じ。 ちょっと機能が違うだけ。 兄弟みたいなものです。 Tolerogenic DCをHelperDCに変えることはできないかということがポイントになります。

図6【図6】

 今からお話しする方法は、丸山ワクチンにつながるような話なのです。
21世紀に入ってから、20世紀までの獲得免疫と全然違う免疫が見えてきた。 皮膚の表面で切っても血が出ない部分、粘膜の表面、そこにずっといる見張り部隊みたいな免疫こそ非常に重要なのだと。 血液中に動いている免疫じゃないのです。 それを自然免疫と呼びます。
この自然免疫の中の代表的な細胞が、樹状細胞です。
実は、がんというのは、我々が思っていたより体の中じゃなくて、血液と接触しない、すなわち表面から発生してくるものなのです。 胃がんでも、肝臓がんでも、大腸がんでも、食道がんでも、全部粘膜の表面から発生する。 皮膚がんもそうです。 その中で、樹状細胞ががんに対する抵抗力の鍵を握るのだということがわかってきました。



7.48時間サイクルで活性化する自然免疫

 これは日本人が発見したのですが、スフィンゴ糖脂質のアルファーガラクトシルセラミドという物質です。 ほとんど脂質で、脂にちょっと糖がくっついているものです。 ナチュラルキラーT細胞を活性化するものとして発見されたのですが、実は、どうもそれ以上の意味を持っている。 皮膚表面にいる脂。 その脂みたいなものが、不思議なことにDEC-205陽性樹状細胞を活性化する。
 このアルファーガラクトシルセラミドってよく伸びるでしょう。 皮膚の保湿剤です。 そのようなものを使うと、例えば、皮膚の表面の33DIが減るんです。 ところが、DEC-205は圧倒的にふえる。 これが48時間サイクルで起こります。 人間の体の自然免疫は、48時間ごとにわっと活性化して、また落ちてくる。 これを繰り返すわけです。 そこで、48時間ごとにこのアルファガラトシルセラミドで免疫を刺激したらどうなるか、ということです。
 おもしろいことに、がんがどんどん大きくなっている動物のモデルに、1回に20マイクログラムという大量のアルファーガラクトシルセラミドを注射しました。 そうしたら、全然変わらない。 大量にこの物質を投入しても、がんは簡単には小さくならない。 ところが、1回に10分の1量を48時間ごとに10回注射すると、圧倒的に優位にがんが大きくならなかったということが見つかってきた。 以上の内容を国際的な英文誌に投稿し無事受理されました。
(Immunology, Accepted manuscript online: 12 March 2017)
48時間ごとというと、何か思いつく方いませんか。 丸山ワクチンどういう回数で打っているか。 すなわち、1日置きに打てということの意味がそこにあるのかもしれないということです。 だとすると、すごい発見ですよね。 24時間じゃないのです。 1日置き48時間ごとにうまく刺激して連続的に投与すると、免疫が圧倒的優位に活性化する。 丸山先生はきっと実験の中で1日置きに打つといいということを思いついたのだと思いますが、実際に、こういうモデルを使って脂を1日おきに投与すると、自然免疫を活性化するということが起こる。
 じゃ48時間ごとに注射していたら、先程の大きくなるがんの中には全然できなかったキラーT細胞ができるんじゃないか。 日曜日はお休みして月水木とか、火木土でもいいと思います。 これはうれしい報告ですね。 1日おきにずっと打ち続けていたら、いるはずのないキラーT細胞が誘導されてくる。



8.結核菌と丸山ワクチンの開発

 そこで、ちょっと結核菌の話を登場させます。
 丸山先生が注目された結核菌です。 当時、結核というのは、忌み嫌われる病気でした。 丸山先生は皮膚科の先生ですから、皮膚結核の患者を毎日のように観察されたのだと思います。 そして、どういうわけか、皮膚結核にかかっている人たちは、がんの発生率が低いということに注目されました。 昭和20年ごろだと思います。 丸山先生は独自に開発した、熱水抽出法という方法によって結核菌から安全で有効な物質を取り出すことに成功されました。 現在の丸山ワクチンの誕生です。
 がんに使ってみようと思ったのは、結核菌の成分です。 結核菌そのものを打ったら大変なことになります。 結核菌は棒状の結晶で、イメージ的には、ロウソクだと思います。 ロウソクの芯が結核菌本体で、まわりを厚いロウみたいな脂質で覆われた細菌です。 丸山ワクチンは、この結核菌を覆っているロウを溶かして、熱水抽出法という方法で加熱処理したものです。 線が見えますがこれは結核菌です。 ロウを溶かして菌を染めるZiehl-Neelsenという特殊な染色法をしなければなりません。 普通の細菌ではない。
 もう一つ、結核というのは、どういう細胞に感染するか。 マクロファージ、樹状細胞、特に樹状細胞に感染する。 すなわち、樹状細胞というものがまだわからなかった時代から、この細胞が結核菌に感染し、それによって活性化するであろうということは予想された。 でも、何をやっているのか全然わからない。 自然免疫の樹状細胞は誰も興味を持たないまま時が流れ、40年間かかって2011年に、スタインマンがその存在をはっきりさせたのです。



9.樹状細胞を活性化する結核菌の成分

 結核菌のロウに相当する部分は、ミコール酸、それからリポアラビノマンナン、こういうものから成り立っている。 リポアラビノマンナンというのは巨大な分子で、ミコール酸は小さな脂質の分子です。 結核に用いるイソニアジドという薬は、ミコール酸の合成阻害薬です。 ミコール酸、リポアラビノマンナン、これが丸山ワクチンの主たる成分です。 DEC-205陽性樹状細胞を活性化するのは一体どれかということですね。
今まで医学で脂は、エンドトキシンという毒だと言われています。 脂は免疫を動かす、だから毒なんだ、免疫反応を動かすものはみんな毒だと思っていた。 でも、そうではなく、今こそ免疫反応を動かす脂を、毒じゃなくて薬として使う時代が来始めているということです。
 これがミコール酸の構造です。 ミコール酸にアルファー型、メトキシ型と、ケト型というのがあるんですけれども、この格好を見て何か思い当たりません。 さっきのマウスに1日おきに打っていたら、がんの中にキラーT細胞ができてきた物質、アルファーガラクトシルセラミドと非常に似ているんです。 で我々は今、こういうものを抽出して、それが果たして同じような作用を持っているかどうかを検討しておりますが、それはすぐわかる日がくると思います。
 いずれにせよ、非常に脂質に富んでいるこんな物質を、1日置き、隔日投与することによって、免疫、特に樹状細胞は活性化してくる可能性があるということです。

図7【図7】

 もう一つ言いたいのは、腫瘍内の樹状細胞が腫瘍免疫の鍵を握るということがわかってきました。 がんの発生部位は上皮、すなわち切っても血の出ない、粘膜や皮膚の表面だとしたら、上皮の中の樹状細胞が重要だということです。 上皮内樹状細胞というのは、皮膚の有棘層という場所にいます。 皮膚をめくるとこんな細胞がいっぱいいるのです。 樹状細胞の一種で、別名ランゲルハンス細胞という名前がついています。 パウル・ランゲルハンスという人が大昔この細胞の存在を明らかにした。 すい臓の中にインシュリンをつくっているランゲルハンス島というのがありますけれども、それとは全く別。 恐らく次の時代は、皮膚内にいるランゲルハンス細胞こそ、恐らく非常に重要ながんに対する情報提示の細胞だろうということがわかると思います。
 丸山先生は皮膚結核の薬を研究していたのですから、ランゲルハンスというのは、先生にとって一番の標的だという気がします。 世界では、まだランゲルハンス細胞を取り出すことがなかなかできません。 我々は、ランゲルハンスを血液より誘導する方法を開発しています。 そのような形で、ランゲルハンスに対する研究もこれから進むでしょう。



10.丸山ワクチンの研究から見えてくるこれからのがん治療

 最後になります。
 丸山ワクチンに対する再評価ということが恐らくこれから出てくると思います。 世界では、先ほどのスタインマンが亡くなってから樹状細胞に対する興味というのはどんどん出てきています。 特にハーバードのグループが、樹状細胞と脂質、脂が免疫を動かすということを非常に注目してやっていますが、丸山ワクチンは最初から取り上げていたんだと思います。 脂質というものが、これから大事な免疫の活性化剤になるのだろうというふうに思っています。
 がんになったら、高額の抗がん剤による医療を受け続けなければならないのだろうか。 自己の細胞のわずかな変化、がん化した微小な変化も見分ける免疫システムで、がんは抑制できないのでしょうか。
 皮膚結核に犯されたがん患者さんは、どうしてがんにかかりにくかったのか。 あるいはその人たちはなぜがんの進行がゆっくりなんだろう。 丸山先生はそれを見ていたんですね。 結核菌が皮膚表面を刺激すると、体のどこにできたがんでもうまくやっつける免疫になるのではないかという発想です。 そして今わかってきたのは、一つは、結核菌ががんの発生した表面にでき上がった樹状細胞を活性化し続けているという可能性です。
 もう一つは、泌尿器のほうで膀胱がんのBCG注入療法ということがやられています。
BCGという結核菌を膀胱の中に注入していくとどうして膀胱がんの進展が少し抑制されるんだろうかということ。
 ここで問題なのは、結核菌とかBCGそのものは、調べれば調べるほど樹状細胞に対するダメージを強く与えるんです。 これを治療に用いるということは、やがては大事な樹状細胞がだめになってしまう。 だから、樹状細胞にダメージを与えずに同等の活性化を持つような物質を探して、それを隔日投与、1日置きにうまく接触させるということが非常に重要なんじゃないか。
これこそ、丸山ワクチンがやってきたことなのです。 要するに結核菌から熱水抽出して取り出した物質は、もはやBCGとは違い、樹状細胞に対する毒性はありません。 ということは、そのまま安全に使えるわけです。 だから、もしBCGを打っていたら、かなり危険な状態が皮膚とか粘膜に起こったと思いますが、丸山ワクチンを一日置きに打っても、それが生体の樹状細胞にダメージを与えるという可能性は非常に少ないだろうと思います。
 樹状細胞や、ランゲルハンス細胞を主体とした自然免疫活性化によるがんとの共生がこれからのテーマだと思います。 私たちは、時が経てば間違いなく、衰えあの世へと旅立ちます。 がんになるということもあり得るわけです。 でも、私たちの体には、がんを防ぐ、がんと戦う免疫もまた内在しているのです。 その内在している免疫をうまく活性化してやるような方法、これをみんな探していたわけですが、その一つが丸山ワクチンじゃないかというふうに思っています。 研究をしてみればみるほど、丸山先生が発見したことを偉大なことだと感じます。

図8【図8】

ご清聴どうもありがとうございました。(拍手)