講演会(ご案内・ご報告)

第11回講演会

プログラム3
『がん治療と「心の治癒力」』
彦根市立病院 緩和ケア科部長
黒丸 尊治先生


1.心と体の両方を診る心療内科医

 皆さんこんにちは。ただいまご紹介をいただきました彦根市立病院緩和ケア科の黒丸と申します。きょうは『がん治療と「心の治癒力」』というお話をさせていただきます。
 彦根ってご存じですか、滋賀県です。ご存じない方もいらっしゃるかと思いますけれども、滋賀県の琵琶湖のところから来ました。今、中島先生のお話は非常にわかりやすくて、私自身もすごく勉強になりました。私の話はどちらかというと体のお話よりも心に関連するようなお話をちょっとさせていただいて、それで2つセットみたいな感じできょうはおみやげとして持ち帰っていただけたらなというふうに思います。
 私は、医者になって3年間は普通の外科とか内科の研修をしたのですが、そのあと、肝臓とか腎臓とか肺とかそういうふうな部分を診るお医者さんではなくて、もうちょっと全体を診る医者になりたいなというふうに思っていまして、そこで、どこに行こうかなと考え、結局心療内科に行くことにしました。
 皆さん、心療内科という名前を今は知っていらっしゃると思うのですけれども、当時はほとんど知られてない科でして、心療内科と精神科とはどう違うのかと思っている方々も多いと思うのですけれども、心療内科と精神科は全然違うんですね。精神科は精神科ですけど、心療内科は一応内科なのです。ですから体の病気を診る科なんですね、ただ、体の病気といってもストレスとか心の問題とかそういうふうなものが関与している体の病気、ですからストレス病ですね、だからすごく緊張すると下痢をしちゃうとか、何かわからないけれども原因不明の痛みがずっと続くとか、いわゆる自律神経失調症と言われるものとか、そんなような類の病気を体と心の両方をセットに考えながらずっと診るというそういうふうな科なんです。
 今はもう緩和ケアですから、いわゆるホスピスですね。つまり終末期のがん患者さんのケアというか痛みをとったりとかそういうふうな関わりをしていくのですけれども、心療内科は約十数年やっていましたし、今現在、緩和ケアに移ってからも10年ぐらいやっています。何で私は心療内科に行こうかなと思ったかといいますと、先ほどいいましたように心と体のつながりということに関心もあったのですが、実は私はがんの自然治癒に非常に関心がありまして、末期のがん患者さんでもときどき何か知らないけどよくなっちゃう人っているんですよ。



2.がんの自然治癒と心の状態の関わり

 私が研修していた病院でもある時、70代のおじいさんに10センチぐらいの肝臓がんが見つかりまして、もう手術できるような場所ではなかったし、年齢も年齢だし、家の人もそんなこと本人には言わないで下さいということで、全く未告知で何の治療もせずに放置していたのです。で、毎月来られてエコーだけ見ていたのですが、3カ月たった段階でエコーをしましたら、その10センチの大きな肝臓がんの塊がなくなっていたのです。あらまあっと、そのあとしばらくそんな状態が続いていたのですけれども、そんなような患者さんってときどきおられます。
 なぜこんなことが起こるのかわからないのですが、そういうふうな患者さんに結構関心がありました。心療内科というのは心と体の関係というふうなことをやるのですけれども、がんが自然に治ってしまうなどということをまともなお医者さんはまず研究しないですね。ちょっと変なおかしなお医者さんはそんなことに関心を持って、私などちょっと変なほうですからそういうふうなことに関心がありました。当時は心療内科で何人かその研究をされていた先生がいらっしゃったので、じゃあ、心療内科に行きたいなと思って行ったのです。
 九州大学の心療内科にも行ったのですが、当時心療内科をつくった池見酉次郎先生と中川俊二先生のお二人ががんの自然治癒の研究をされていまして、特に中川先生は心身医学会という学会で毎年毎年がんの自然治癒の実例をずっと発表されていました。最後八十何例ぐらいまで出しましたでしょうか。もちろん医学的にきちっと全部検証されて、これはやっぱり医学的な治療をしていないにもかかわらず良くなったというふうに判断せざるを得ないなみたいな、そんなような症例を集めて発表されていました。
 何で治っちゃうのかというのがいまだによくわからないんですね、もちろんいろんな要因があると思うのですけれども、私自身は当然、心の部分というふうなものが随分関係しているのではないかなと思います。よく自然治癒力、自然治癒力といいますよね、皆さんも自然治癒力という言葉を使いますし、今説明のありましたいわゆる免疫力とか抵抗力とかいうふうな言葉というのは、どちらかというと体の持っている自然治癒力のことを言い表す言葉に近いと思うのですけれども、そういうふうな自然治癒力というのは当然誰もが持っているわけですね。その自然治癒力が十分に高まることによって、場合によってはがんがなくなっちゃう、小さくなっちゃうということもあるのかもしれないと、それはそれで一つあります。
 ただ、私はいろんな患者さんを心療内科で診ていますと、先ほどいいましたように心と体って非常につながっているんですね、いわゆるすごいストレスをためてしまっていると体にいろんな変調が起こります。よく言われるのはがんになられた患者さんの数年前を見てみると、すごく大きなストレスを抱えている場合が結構あったりするなどというのはよく言われるのですけれども、それはともかくとして心と体って非常に関係がある。逆にいうとそういうストレスがなくなっちゃう、もしくは気持ちが楽になって非常に前向きになるとか明るくなるとか、非常に希望が持てるとか、そういうふうな状況になることによってまた何か知らないけれども体の状態がよくなってしまう。ときにはがんが少し落ち着いちゃうこともあるのかもしれないと、その辺の部分というのは感じています。
 心療内科の患者さん、特に心と体の部分を診ていましたのでやっぱり心の状態によって随分と体の症状が変わるんですね。そうはいいながらもがんまではどうなのかなとは思っていたのですが、がんの患者さんもいろいろ変化があるんですね、先ほどの肝臓がんが消えちゃったという話もありますし、20年ぐらい前にNHKで『人間はなぜ治るのか』という特集番組が3夜連続でされたのです。そのテレビを見たところ、がんの自然治癒を経験された先生いませんかということで全国の主な先生方にアンケートをとって集計して、それが一部放映されたのですが、その中におもしろいのがありました。
 京都の病院の先生からだったのですけれども、ある胃がんの患者さんがいて、手術をしたらもう既におなか全体に広がっていて、とてもじゃないけども取っても意味がないということでそのまま閉じたと、ですからもう何も手をつけられない状態だったんですね。本人には一応胃がんの手術しましたよというふうには言ったみたいです。で、当然のごとくそういうふうな患者さんというのは半年、1年で亡くなられることが大半なんですけれども、ところがその手術をした先生は一応外来で診ていたのですけれども、2年ぐらいたってからCTで検査をしましたら、がんが全部なくなっていたと。そういうふうな人がおりまして、こんな不思議なことがあるというふうなことをその番組の中で言われてました。
 ほかにも末期がんと言われて、もうだめだと言われた人の何人かがテレビに実際に出ておりました。その方々はそれから10年ぐらいたっていまして、それでNHKのインタビューを受けているのです。「何でよくなったんですかね」と皆さんに聞いたところ、みんなそれぞれ違うのです。ある人は食事療法だといいますし、ある人はすごく信頼できる先生に出会って、その先生がすごく励ましてくれた。またある人は、自分は歩くことによって免疫力が高まると、何か自分なりの理解をしていまして、この方は膵臓がんの患者さんでもうあと数週間の命と言われていたみたいなのですが、それから毎日毎日歩き始めのです。それでがんが消えてしまって、その10年後ぐらいにインタビューに出られたのです。そんなような人たちが何人かいて、わぁー、これはおもしろいことがあるんだなと私はすごく関心を持って見ていたのです。  そんなようなこともありましたので、私も心療内科のときにいろんな患者さん、がんが良くなっちゃったというふうな患者さんとコンタクトをとりまして、いろんな話を聞かせてもらったりとか、また、がんのグループ療法もやっていましたので、そこにゲストでお呼びしていろんな話を聞かせてもらったりとかいろんなことをしていました。で、何でよくなるんだろうなとすごく毎回考えていたのですけれども、やっぱりいまだにわからないですね。ただ、皆さんそれぞれの理由があるんですね。


3.自然治癒の原因は人それぞれ

 ある先生がドイツに留学をして、そこでがんの自然治癒の研究をされまして、その彼が論文を書いていろいろ教えてくれたのですが、ドイツでがんの自然治癒の研究をしたときにそのような人が100人ぐらい集まったそうです。ところがきちっと診てみると結局がんというふうにちゃんと診断ができていないとか、あとはがんが自然に治ったといっておきながら実は西洋医学的な治療をちゃんと受けていたとか、何とか療法を受けながら抗がん剤も受けていたとか、ですから非常に曖昧なものもたくさん含まれていまして、そんなものを全部排除してこれは明らかにがんが自然に治ったと、なおかつ何年かの年数をちゃんと経過しているというものを集めたら12例あったそうです。100人集まると12例ですから、10人の人が私はがんが治りましたといってもそのうちの9人は実はよくわからないですね、ですから、もしかしたら良くなるのかもしれないなというのは一人ぐらいでしょうね。
 その12人を「何であなたは良くなったと思いますか」とインタビューで聞いて、それを分類したそうです。そうすると皆さん人それぞれですが、一番多かったのが自分自身の免疫力を高めるためにこの治療法をやったという考え方ですね。ある患者さんは、当時は免疫療法とかはなかったみたいですけれども自然療法だとか、おもしろかったのはグレープフルーツを毎日2リッター飲んで私はがんを治したという人もいましていろんな人がいます。そういうふうにして半分の人は何かしらの治療法を受けることによって、何かしらの自分なりの治療や考え方をやることで自分の免疫力を高めて、そしてがんが小さくなった、がんを治したんですというふうに答えていまして、実際にその人たちのがんは消えているんですね。これが12人のうちの半分ですね。
 残りの6人のうちの3人は宗教ですね、ドイツでしたからクリスチャンの方が多かったのかもしれませんが、すべて神様のおかげですというふうな非常に強い信仰心を持っていました。残りの3人はがんになったのは何か意味があると、メッセージがあるのだと、自分はがんになったということはきっと何かに気づけというふうなことだと、そういうふうな受けとめ方をしていろいろ自分なりに考えた結果、自分の生活パターンを変えるとか食事療法を変えたとか、自分の生き方というかスタイルを変える、そんなようなことをやったと、それによって良くなっちゃった人がいるということで本当に多種多様なのです。
 ですから何とか療法で良くなったという人もいれば、何にもそんなことやらない人もいるしいろいろです。そういうふうなことから考えると共通していえるのは何かというとは、やっぱりその人たちは自分なりのある種の思い込みというか、いい意味での思い込み、これをやれば自分は良くなるかもしれないみたいな思いというふうなものを持っているという部分は、もしかしたら共通しているのかなと。ただ、実際はそんな強い思いを持っていない人でも良くなっちゃう人もまたいるのです。
 以前、私ががんのグループ療法をやっているときに来られた卵巣がんの患者さんですけれども、彼女は卵巣がんになって手術は受けるけれども化学療法は受けたくないと言いましたら、関西でそれを受けてくれる病院がなかったみたいで、結局東京まで来て手術を受けました。ところが手術では全部取りきれないで結局は化学療法をやったほうがいいと思いますよというふうに言われたのですが、いや、私は最初から化学療法を受けるつもりはありませんからということで、結局その人は受けなかったのです。で、復水も当然たまっていまして、あとどれぐらいの命ですかと聞きましたら、3カ月ぐらいかもしれませんねということでした。その方は帽子屋さんで注文の帽子を縫ったりとかいろいろやっておられたみたいで、そうか、3カ月か、じゃあ、3カ月だったらあとは注文の帽子があるのでそれを仕上げてしまおうということでやっていましたら、3カ月たっても半年たっても全然お迎えが来ないと、おかしいなと思いながら1年たったら復水はなくなっちゃうし、腫瘍マーカーも下がっちゃうし、それから3年たち、5年たち、結局10年後に私のところに来ています。
 その方も前の写真とかいろいろ持っていまして見せてくれまして、「いや、不思議ですよね、別に頑張ろうと思ったわけでもないし、何かやったわけでもないし、3カ月と言われたし、帽子でも縫っていようかなと思ったんです」と、そんな感じですね。だからその方をみると、絶対私は治すんだなどという思いはこれっぽっちもないんですね、ですからいったい何がいいのかやっぱりわからないですね。(笑)



4.「心の治癒力」が体の治癒力を高める

 そうは言いながらも、私自身としてはやっぱり心というのがすごく関係しているのではないかなと思うんですね。もちろん抗がん剤とか手術とかでがんはある程度治療できますし、今聞きました免疫療法だとか食事療法なんかでもある程度よくするというふうなことも言われていますし、そういうふうなものというのはすべて体に対していい意味で働きかける治療法ですよね、でも今言いましたように心と体ってつながっていますから、体の治癒力というのもありますけれども、心にも治癒力ってあるんですね、いわゆる心が自分自身をよくする力、その「心の治癒力」というふうなものが高まることによって、その体の治癒力もまたより一層高まるというそういうふうな部分というのはあるなということはすごく感じているのですけれども、そうなってくると「心の治癒力」というものがそれなりに高まれば高まるほど全体としてすごくいい方向に向かうのではないかと私自身は思っているのです。
 では、この「心の治癒力」というのはどんなようなものか。どんなものかといってもよくわからないのですけれども、単純な言い方をすると例えばイライラしたりとか落ち込んでいたりとか、もうあかんというふうな絶望感を持っているよりは多分ほっとするとか安心感があったりとか、ちょっと生き生きするとか前向きな気持ちになっているほうが、多分体にはプラスの影響を及ぼすということはある程度は察しはつきますね。そんな単純な話ではないかもしれませんけれども。
 患者さんがすごく安心感や信頼感や希望を持ったりとか、生き生きとかワクワクとかそんなような思いをもしある程度持つことができたならば、そういうふうな機会がたくさんあればあるほど、もしかしたら体の治癒力、免疫力というふうなものにもいい意味での影響を及ぼすのではないだろうか、それが場合によってはがんというふうなものを少し抑えてくれるということにもつながるのではないかなと思っています。
 先ほど中島先生のお話の中にアガリスクでよくなっちゃったという患者さんの話がありましたけれども、ああいうようなことがときどきあるんですね、当然アガリスクをやっている方はアガリスクによってよくなったと言いますし、食事療法でよくなった場合は食事療法でよくなったと言いますよね、皆さんそれぞれ自分のこの治療法でよくなったと主張するんですね、それはそれでその側面は無きにしもあらずなんですけれども、先ほどから言いますように当然それをやることによって「心の治癒力」も動くわけです。
 例えばアガリスクを飲んでもしよくなったとしたならば、アガリスクそのものによって免疫力が活性化されたという一つの側面もあるかもしれません。でもアガリスクを飲むことによって、それに対する期待感だとか安心感だとか希望だとかいうふうなものが、もしその人なりに強く持つことができたならば、それはまさに「心の治癒力」がうまく引き出された状態ですね、アガリスクの治療を受けることによって「心の治癒力」が活性化されたというか、それによって体の治癒力も非常にプラスの方向に動いてくれて、場合によってはがんがなくなっちゃったということもあるかもしれないなと、そういうふうなことを私自身は考えています。
丸山ワクチンにせよ免疫療法にしても何でもそうなんですけれども、すべて体の治癒力に対してプラスに働く部分と、そういうふうなことを受ける患者さん側はそれに対する期待感や希望というのは当然持ちますから、そういうふうな意味での「心の治癒力」というものは非常に活性化されるというか、そういう働きも代替療法というかいろんな治療法にはあるのではないかなというふうに思います。
 こんなわけのわからない治療でよくなるわけないということはあるのですけれども、それによってたまによくなる人がいるわけです。それというのは多分そういうふうな側面があるのではないかなと私は思っているのです。ですから今現在はどんな治療法でもよろしいじゃないですか、要は患者さんからすれば治ればいいのでしょう、だからそれはそれでいろんな治療があって、そこにいろんな理屈がくっついたりとか患者さん自身が「なるほど」と納得できたりとか、「ああ、この先生すごい格好いいし、いいわ」とか何でもいいですよ、何でもいいけれども、とにかくそれに対するやる気というか取り組みの気持ちが高まれば、それはそれで十分「心の治癒力」が高まりますからプラスに働くのではないかなと思うんですね。



5.緩和ケアでの自然治癒例

 私は10年ぐらい前から緩和ケアに行っています。緩和ケアというのはご存じのように基本的には終末期のがん患者さんですね、手術をしたり化学療法をやったりして、でもやっぱりまた再発しちゃったというような患者さんが基本ですし、入院される患者さんはもう最後の最後の状況になって来られる方が多いです。ですから全員ががん患者さんで、今まで大体1,500人ぐらい診させてもらったでしょうか、1,500人診ているといろんな人がおります。当然終末期ですから皆さんほぼすべて亡くなるでしょうけれども、亡くなるといっても思いのほか「あれ、不思議だな」という人もやっぱりおられます。
 例えばある肝臓がんの患者さんがおりまして70代の後半ぐらいだったでしょうか、手術をされたのですが再発したんですね、それでまた手術したのですが、また再発したのです。2回目の再発のときには小さながんが肝臓の中に10個ぐらいバァーッと広がってしまっていて、もうこれはちょっと取れない。腫瘍マーカーも正常値は5とか10ぐらいなんですけれども、それが3,000とかに上がっていて、これはちょっと難しいですと、これ以上積極的な治療はできませんということで私のところに紹介してきたんですね。
 その患者さんは非常に不安げな感じでここに来させていただくことになりましたと、患者さんはまだ元気ですから私はいろんなお話を聞きながらやっていったのです。その患者さんは毎朝起きて呼吸法をやったりとか自分なりのストレッチをやったりとか、あと健康食品を一つ、二つ何かやっていました。あとは施設のボランティアに行っているとかでそんなような感じですけれども、その患者さんは紹介されて来られて半年ぐらいたったころから十数個あったがんが見た目少なくともなくなっちゃっていまして、3,000あった腫瘍マーカーは200まで下がって、その次の年には70まで下がって、ですからどんどん下がっていってCT、エコー上も何もない。
 そこで私に紹介してくれた先生のところに、もう一回その患者さんに行ってもらったんですね、元に戻ったという報告をかねて。そうしましたら紹介してくださった先生が、そんなことはないだろうとエコーを見たところやっぱりないわけで、当然ないものはないですよね。でも、「おかしい、おかしい」と、それで何と言ったかというと「たしかに見えない、見えないけれども見えないレベルである」と言ったのです。(笑)「だからこれは消えてはいないと思います。見えないレベルであると思います」と言われたと、その患者さんは私に報告に来てくれました。
 そんなこと言わんでもいいのになと思うんですね、彼としては気持ちよく「ああーっ、これはもしかしたらよくなるかもしれませんよ」ということを言ってもらいたいがために行っているようなものじゃないですか、でもそのお医者さんからすると、がんが消えるなどということはやっぱり信じ難い。仮に自分でそうやってエコーで見ていてもそんなことあるわけないというふうにいうわけですね、一般的なお医者さんの発想はもしかしたらそうかもしれないですね、あり得ないこと、絶対何かトリックがあるとか、あなたは本当にあの人とか、もしかしたら替え玉と違うのかとかいろんなこと考える。(笑)それぐらいやっぱり一般的には信じ難いことなのかもしれませんね。でも、その患者さんはストレッチとか呼吸法がよかったかどうか全然わからないですよ、わからないけれども何か知らないけれどもがんは消えちゃったということです。
 緩和ケアに来られる患者さんにもそんな人がやっぱりいるんですね、いろんな代替療法というか免疫療法にせよ、丸山ワクチンにせよ、食事療法にせよ何でもそうなんですけれども、やっぱりそういうふうなものをやることによって、患者さんは希望とか期待感とかいうふうなものがありますからそれはそれでプラスだと思います。



6.良い治療法でも患者のストレスになれば「心の治癒力」にはマイナス

 ただ、よくあるのが家族がすごく患者さんに勧める場合ですね、絶対に丸山ワクチンいいからやりなさいと、それを無下に断る人ってあまりいないのですが、でも中には注射が嫌いとかいう人もいるじゃないですか、死んでも注射針を刺されるのは嫌だという人にとっては丸山ワクチンというのはすごいストレスですよね、チクッってされますからね。そんな人にとっては丸山ワクチンはすごくいいかもしれないけれども週3回も針を刺されるなどということを考えるとめちゃくちゃストレスになるから、もしかしたらそれは「心の治癒力」からするとマイナスですよね。でも、丸山ワクチンとしてはプラスかもしれない、じゃあ、差引きどうなるのという話ですよ。せっかくいいものをやってもその人にとってストレスになってしまうようなものはどうかなと思います。
 あと、先ほど質問にありました樹状細胞にせよ、あれも200万円ぐらいかかるわけですね、200万かかったところで私は何も問題ございませんという患者さんにとっては、すごく期待感をもってやれると、これはオーケーでしょうね。でも、とてもじゃないけど200万なんか払えないわという状況にもかかわらずやらざるを得なくなってしまったら、これはある意味ちょっと経済的なレベルでのストレスというのがありますね。ですからそれを受ける側がその治療法をどういうふうに思っているかということも随分影響を及ぼします。
 食事療法によくこれがあるんですね、マクロビオティックとか玄米菜食とかゲルソン療法とか、がんの患者さんの食事療法ありますね、その人が生き生きとやっていただけるのだったら非常にいいのですが、大体半年、1年、2年たってくるとちょっとストレスがたまってきますね、たまにはカツ丼食べたいとか、天丼食いたいなとか、ちょっとチョコレート食べたいなとかいろいろ思うわけですよ、でもいやいやいけない、肉なんか食べたら毒やしと思って我慢することになるんですが、これはやっぱりストレスじゃないかなと思いますね。
 食事療法にせよ、ある意味いいと思うし、それはそれなりにやってそれでよくなっている人たくさんいます。でもそれをやることがストレスになってしまうと、これは「心の治癒力」という側面からすると下がっちゃうわけですね、そしてせっかくいいものやっているのに「心の治癒力」がグッと下がっちゃうので結果、差引きゼロもしくはマイナスです。せっかくこんなに良い治療をやっているのだったら「心の治癒力」も上がるようなそういうふうな治療法を受けていただきたい。ですからやっぱり患者さんによって違うと思うんですね、だからこの療法がいいとか、あの療法がいいとか、これが絶対とかいう考え方は私にはありません。まあ、ようなればええやんかということですね。
 そういうふうな部分があるので、これによってがんが治りますといういろんな治療法、代替療法、食事療法とたくさんありますけれども、人によってはそれがすごく希望になるし、人によってはそれがすごく負担になる、ストレスになりますね。本当はそんなものやりたくないのに家族とか親兄弟とかみんなに勧められちゃったら、まあ、しようがないなと思いながら飲んだりやったりする、それも結構ストレスだったりしますから、その辺は無理強いしないことが大切かなというふうに思います。



7.「心の治癒力」をうまく引き出す

 免疫療法、丸山ワクチンとかいろんな治療法以外にも、もちろん「心の治癒力」というのは影響を受けます。私は緩和ケアに来てから1,500人ぐらいを診てそのうち7人、「おーっ、すごいや」という人がいるのです。そのうちの3人が前立腺がんの骨転移で入院していた患者さんです。何が「おーっ、すごいや」というふうに思ったかといいますと、皆さん前立腺がんの腫瘍マーカーが、これは人によって違うのですが、1,000とか3,000とか6,000とかそんなような感じで十分高い数値ですね、骨まで転移がありますからそんなものです。ところがグーンと下がる人が3人いたのです。それでこの人たちはおもしろいなと思っていまして、ところがこの方たちは80代と90代でみんな未告知なので、自分ががんだということを知らないで緩和ケアにいるのです。田舎ですから気楽なんですね。
 この3人の方々は何で腫瘍マーカーが下がっちゃって、こんなに半年以上元気でいられるのかなと思ったところ、その3人は共通の代替療法を受けていたんです。うちの緩和ケア病棟はボランティアでいろんなセラピストが入ってくるのです。アロマセラピーとかリフレクソロジー、音楽療法だとかカラーセラピー、アニマルセラピー、ヒーリングなどそういうふうな方々がいろいろ来てくれます。その中でカラーセラピーというもの、これは別に大したことないんですね、単なる下絵があってそこに塗り絵をする、ただ色を塗るだけです。だから別におもしろくも何ともないと思うのですけれども、一回やると何かちょっとはまるんですね。大人の塗り絵ってありますよね、あの感覚、あれの患者さん版みたいな感じです。ですから絵なんか描いたことありませんとかいう人でも、やり始めるとただ塗り絵に塗るだけですから「あっ、これおもしろい」という話になる。
 で、その患者さんはそれをすごくそれを気に入りまして、このカラーセラピーは2週間に1回そのセラピストの女性が2人が来まして、下絵に塗り絵を描いて、ぺちゃぺちゃしゃべってそれで終りというそれだけなんですね。ところが、それをやっている人たちの腫瘍マーカーがグーンと下がっちゃったのです。何で下がったのかよくわからない。でもカラーセラピーをやっていたという事実はあるんですね、ですからその人たちを学会で発表しました。「カラーセラピーによって腫瘍マーカーが減少した骨転移を伴う前立腺がんの3症例」という題で発表しまして、いかにカラーセラピーがこういうふうなことにも有効かもしれないという、そんなような発表です。
 私はその話を聞きまして、でも、これちょっとおかしいよと思ったのです。何がどうおかしいかというと、たしかにその患者さんはカラーセラピーがすごく好きだったようで、もう来るのが楽しみで楽しみでしようがなかったんですけど、ところが何でそんなに楽しいのかなと思ったらカラーセラピーをやっているセラピストのお二人のお姉さんがきれいだったんですよ、(笑)これがめちくちゃきれいでね、これはやっぱり90のおじいちゃんでも目がこうなりますよね、それでそんな色塗りなんか5分もあったら終わるのに何で2時間もかかるのみたいな感じで、もうしゃべりながらああだこうだ言いながら、それで二人のセラピストも上手にいろいろあれこれやってくれて、また次回とかいうことで、だからおじいちゃんのあの2時間はすごく生き生きしていましたね、ワクワクしていたのかな、わかりませんけれども。
 でも、そういうふうな部分がその3人は共通してあったし、多分これによって腫瘍マーカーが下がったんではないかと思うんです。そういうふうなワクワク感というのは「心の治癒力」ですからね。だから私はカラーセラピーによってよくなったとは違うでと、これは明らかにお姉ちゃん療法やでと、(笑)きれいなお姉ちゃんがやってくれたからよくなったんだと言ったのですけれども、彼女は「いや、違います。塗り絵をする達成感とか充実感が……」とかいろいろ言うわけです。でも、それだったらどこかのおっさんがこれやってみたらどうなる、それで同じ結果が出るかと言ったら、「まあ、ちょっとそれはわかりませんが、でも達成感とか……」と、ちがうやろうと、そんなことがあったのです。
 それ以来、今度はイケメン療法というのもいいかなと思っています。(笑)男性はお姉ちゃん療法でいいかもしれないけれども、女性の場合はやっぱり格好いい素敵な人が来て、2週間に一回ハンドマッサージでもやってくれたら、このお兄さんのハンドマッサージをまた受けたいなと思って、そのときはやっぱりバクバクするじゃないですか、それが非常に心地よさになる、そんなのもいいんじゃないかなというふうに思っています。だからそういうふうなものがもしかしたら腫瘍マーカーを下げてしまったということがあるかもしれないですね。
 もうお一人おもしろい人がおりまして、この方は3年前に肝臓がんということで手術したら治りますよと言われたのですが、その方は主治医に、もし手術を受けなかったらあとどれぐらい持ちますかと聞いたそうです。そしたら主治医の先生が「まあ、3年ぐらいとちがいますかね」と言われた。で、あと3年生きられたらもう私は十分ですと、その方も70後半の人でもう十分に人生を生きてきたし、もうあと3年生きられたらあとはもう別にそれ以上生きたくないし、私は治療を受けませんと言って手術を受けられませんでした。
 ただし通院はして、ちゃんと検査は定期的に受けてそれはちゃんとやっていたのです。で、3年たっていきなり私のところへ来まして、先生のホームページを見たら最後スーッと逝かせてくれると書いてありましたと、いやいや、そんなこと書いてないのですが、そういうふうに書いてあったと言われて「だから先生のところへ来ました」と、なぜならば私は末期がんですと、3年の命というふうに言われてもう3年過ぎました、だからあともうそろそろだと思いますから、最後に私は苦しみたくないのでこのままスーッと逝かせてくださいと、こうき来たのです。困りましたね、でも一応お話を聞きました。
 その方は手帳に検査データとかを全部自分なりにちゃんと記録を残していたんですね、それを見ましたら腫瘍マーカーが6,000ぐらいまであったのですけれども、それが途中からちょっと下がっていたのです。それでうちでも一回測ってみますということで測りましたら600ぐらいなのです。それで肝臓がんの方はどうかなと思ったら、もともと3センチだったのが3年たっても同じ3センチで全然大きくなっていないのです。で、放射線科の先生は「何でこの患者さんが緩和ケアの患者さんでいるのですか」と、こんなもの手術したらすぐ治るじゃないですかみたいなレベルなんですね。そこでその患者さんに、腫瘍マーカーは10分の1ぐらいに下がっちゃっているし、がんも3年前から全然変っていないし、これはもしかしたらよくなるかもしれないと言ったんです。
 私はがんの自然治癒の患者さんをたくさんみていたので、この人もそのタイプだなと思ったので、「治るかもしれない」と言いましたら、その患者さんは「うーん、それは困った」といって非常にショックを受けたようなんですね、なぜかといったら彼はもう3年の命と言われたから、その3年間で世界二十数カ国を回ったそうです。で、十分に楽しんで、十分に最後の3年間をエンジョイして、それで「先生、じゃあ、よろしく」と来たところ、治るかもしれないと言われたらショック受けますよね。(笑)
 でも、そうは言いながらもしようがないなということで、そうしましたら1年もたたないうちに、また来られまして「先生、やっぱりしんどいですわ、もうあかんかもしれん」と、いや、そんなわけないやろと思って診たら黄疸が出ているんですね、それで血の検査をしてCTを見たら腫瘍マーカーがもう4万5,000でした。で、3センチだったのが6~7センチまでグーンと大きくなっていました。結局その人はそのまま緩和ケアに入院してもらって1カ月後に亡くなりました。ですからもうあっという間に亡くなられた。
 この方は全くの無治療でしたが検査データだけはちゃんとあります。で、腫瘍マーカーでみると上がって下がって、また上がってですよね、何で下がったのだろうというとやっぱり楽しんだことではないでしょうか、3年というふうに割り切って世界中を旅行して楽しんだ。もしかしたらそれが「心の治癒力」が非常に引き出されて、その結果として落ち着いちゃった。で、「さあ、よろしく」ということで私のところへ来たら、もしかしたら治るかもしれないと言われた。それはショックですね、そのあとはすごく生きないといけない、本当に早く死のうと思ったのに生きないといけない、だから彼にとっては生きるということがストレスだったのだと思うんですよ、生き続けるということがね、だからもう死にたいのに、死にたいのにと思いながらずっと生き続けないといけないというストレスが多分腫瘍マーカーをグーンと上げちゃったかなと、これは私の解釈ですよ。この方はまさに心というふうなものが体に非常に大きな、肝臓がんを3年間ずっととどめておく力もあれば、その一方で1年足らずでドンと死に至らしめてしまうこともできちゃう、それぐらいの力が心にはあるんだなということをその患者さんから非常に感じました。
 ほかにもたくさん患者さんおられるのですが、私自身がきょう言いたかったのは、要はいろんな治療法というふうなものによって、体の治癒力、自然治癒力、免疫力、それを高めるというふうな部分も非常に重要です。でも、それに勝るとも劣らずその人自身の「心の治癒力」ですね、これらがうまく引き出されるようなそんなような関わり、きっかけとなるようなものというのも大切かなと、それは何とか療法に対する期待感でももちろん結構ですし、今みたいなお姉ちゃん療法でも世界一周でも何でもいいんですよ、要はその人にとってすごくホッとするなり安心するなり、生き生きするなり、そんな意味で主治医の先生との関わりというのはすごく重要かもしれませんね。男性の方が多いのですけれども、きれいな女医さんが主治医だったらずっとこの先生に診てもらいたいなと、そのためには生き続けないといかんなと、これが「心の治癒力」になりますからね。そういうふうな部分というのがやっぱりありますので、そんなことも含めて皆さんにとって「心の治癒力」をうまく引き出すようなそういうふうなものを、ぜひちょっと意識していただくと、それが多少なりともプラスに働くのではないかなというふうに今思っています。
 ちょっと宣伝させてもらっていいですか、今緩和のほうでいろんな患者さんを診ているのですけれども、それを一冊の本にまとめたのをきょう持ってきましたので、『緩和医療と心の治癒力』という本で、もしよかったら見てみてください。
 どうもありがとうございました。(拍手)