第11回講演会
プログラム2
「肺がん治療の現況と免疫療法の役割」
東京大学大学院医学系研究科 呼吸器外科 教授
東京大学医学部附属病院 呼吸器外科 診療科長
中島 淳先生
1.はじめに
皆様、こんにちは、初めまして。私は東大病院呼吸器外科の中島と申します。きょうは「丸山ワクチンとがんを考える会」の篠原理事長・丸山副理事長が、私に講演の機会をお与えくださいましたことを大変感謝いたします。
レジュメに書きましたように、本日私は、自分の専門である肺がんの治療の話を最初に行い、後半では、肺がんの免疫療法について、現在当院で高度医療・治験として行っている実際の内容も併せご紹介申し上げたいと思います。
さて、前半は肺がんの話を行います。私の所属する呼吸器外科とは、古くからある科なのですが、意外と知られていません。いまだに東大病院の中でも「呼吸器内科ですか」と聞かれるぐらいです。呼吸器外科では胸の中にある心臓、食道以外の臓器、すなわち肺・気管支・胸壁などに対する外科治療を行っています。
今最も多いのは肺がんに対する手術です。皆様もご存じでしょうが、肺がんは現在あらゆるがんの中で最も多数の方が亡くなる病気であります。2011年、この年わが国では大地震のために亡くなった方が多かったのですが、それでもがんによる死亡は第一位であって、そのがん死亡36万人の中で肺がんで7万人が亡くなりました。要するにがんで亡くなる方の5人に1人は肺がんで亡くなっているのです。
以前は胃がんによる死亡がトップでしたが、次第に減少し、20年ぐらい前に男性では肺がんが第一位になりました。あまりありがたくないトップです。女性も昔は肺がん死亡は少なかったのですが、現状では1番が大腸がん、2番が胃がんで3番が肺がんです。
2.肺がんとは
肺がんとはどのような病気かという説明をいたします。肺の中には肺胞という組織があります。大気中の酸素を血液中に取り込む、すなわちガス交換を行っているところです。この肺胞を作っている細胞ががん化を来すのです。人間が外界とふれているところであるため、吸入した空気の中に悪い物質が含まれていると、いかにもがんになりそうです。たばこが肺がんの原因であることはもう皆さんよくご存じだと思います。
肺癌が肺内に発生した時、まずだんだんその場で大きくなります。で、次に何が起こるかというとリンパの流れに乗ってリンパ節転移を来してきます。リンパの流れは肺の場合には空気の通り道である気管支に沿っております。そしてだんだん上流のほうに出てくるわけですね、また、がん細胞は血液の流れに乗って体中どこでも到達します。肺のほかの場所、肝臓、脳、骨などに到達し、ここで増殖、すなわち転移をきたすと生命を脅かすようになります。
肺癌の診断には、胸部レントゲン写真やコンピュータ断層撮影(CT)が重要な役割を果たします。健康診断時の胸部レントゲン写真から肺癌を発見された方の一例です(図1)。
ぼんやりとした陰影が見えますが、CTで体の断面を見ると病変がはっきり見えます。実際に切除された肺がんはこの写真のようなものです。ホルマリンに浸けてあり、肺組織全体は黒色調ですが、一部白い塊がみられ、硬く触れます。この部位が肺がん(腺がんの1例)の組織です。顕微鏡ではがん細胞がびっしり詰まっております。
3.肺がんの増加、原因はたばこと高齢化
肺がんは今は身近にある病気なのですが、実は今から100年前は非常に稀な病気でした。イギリスにおける過去の肺癌患者数から日本に換算すると、今から100年前は1年間に肺がんで亡くなる人は800人程度でした。しかしその後、第二次大戦が始まる直前は1万8,000人、そして現在は7万人が肺がんで亡くなり、著明に増加しています。このように肺がん死亡が増加した原因を2つ挙げることができます。
1つは、たばこです。20世紀初頭には、たばこはそれほど普及しておらず、喫煙者は随分少なかったようです。それ以後たばこ産業が活発になり、喫煙者が増加しました。あまり大きな声では言えませんが、今から40年前、私が中学生の頃は同級生の多くが喫煙していました。最近の若い方の喫煙率は幸い減少しています。特に私が教えている医学部学生の場合は、当然かもしれませんが、喫煙者はほとんどいません。
喫煙以外の要因としては国民の高齢化です。最近になり肺がんの数が非常に増加していますが、年齢層別の図(図2)を見ると、全体の3分の2は70歳以上です。古希という言葉が示すように70歳以上の人口は少なく、過去に肺がんが少なかった原因の1つだと思われます。
日本の人口構成は次第に高齢化しております。50年前は若い人ほど多いピラミッド型の人口構成を示していましたが、次第に若い世代が減少し、21世紀に入ると尻すぼみの形に替わっています。
4.肺がんの治療は手術からはじまった
さて、次に肺がんの治療の話をさせていただきます。肺に限らずいろいろな臓器において、がんの治療の始まりは患部を切除するということであったと思います。初めて肺がんの手術を成功させたのは今から80年くらい前、米国ワシントン大学のグラハム先生という方です。患者さんは48歳の産婦人科医師(男性)でした。左肺のがんに対して、左片肺を全部取る手術(片肺全摘術)を行い、その後がんの再発をきたすことなく長期生存されました。国内でも1924年の日本外科学会雑誌に、肺がん手術報告例がありました。これがおそらく最初の報告例と思います。佐藤清一郎先生(東京医学専門学校、現在の東京医科大学)が36歳男性の患者さんの肺がんを切除しました。残念ながらすぐ再発して亡くなられたと記載されています。
さて、肺癌手術治療の現況を申し上げます。肺がん患者数の増加に伴い、手術件数も増加しています。このグラフは日本胸部外科学会が毎年国内で呼吸器外科手術を行っている病院の手術数データをもとに作成されたものです(図3)。横軸に手術を行った年、棒グラフはそれぞれ年間の手術件数を示しています。棒グラフの全長はいわゆる呼吸器外科、肺がんだけではなくてすべての呼吸器の手術の数を示します。1986年には年間1万5千人程度だった呼吸器外科手術が、最近では7万人を突破しております。そして棒グラフの一番下のえんじ色の部分が肺がんの手術ですが、1986年には6千人程度だったものが最近では3万人を超えています。
5.現在の一般的肺がん治療の流れ:非小細胞がんと小細胞がん
肺がん診断された後に、どのような治療を行うか、ということについて申し上げます。まず、肺がんといっても多くの種類があります。腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌、小細胞癌、・・・と細かく分類されるわけです。ただし、治療法別には小細胞肺がんと小細胞肺がん以外の肺がん(非小細胞肺がん)の2つに大きく分かれます。
小細胞肺がんというのは悪性度が非常に高いがんであり、早期に発見されても大概全身転移をきたしています。要するに白血病とか悪性リンパ腫のような全身にがんが広がっている病気だと考え、治療をしております。したがって手術で治すというのではなく、抗がん剤と放射線による治療が主体となります。それに対して肺がん全体の8割を占める非小細胞肺がんは、いわゆる胃がんとか大腸がんと同様に、早くがんと診断されたら手術を行い切除するのが現状では一番よく治る治療法だとされております。
もちろん、がんに対する三大治療法は手術・放射線・抗がん剤であることは皆様も良くご存じと思います。まず手術による完全切除を目指しますが、手術だけでは治し切れないこともあります。特に進行したがんに対しましては手術に加えて化学療法(抗がん剤)や放射線を加えた治療をおこないます。肺がんでも進行した場合にはこの三大治療法を組み合わせた治療を行っております。
6.従来の肺がん手術と胸腔鏡手術
次は肺がんに対する具体的な手術の方法に関する話です。先ほど申し上げたように、比較的早期で見つかった肺がんに対しては手術が第一選択となりますが、肺の切除範囲は、今日までの肺癌手術の成績から、世界標準的に決まっております。
すなわち、がんが発生した肺葉を切除するとともに、発生した側の肺門(肺の付け根)および縦隔(両肺の間の組織)にあるリンパ節を廓清する(根こそぎとる)、というのが標準的な手術であります。 全身麻酔で手術は行われます。患部の肺に到達するためには、従来から現在まで開胸手術が行われています。背中から脇にかけて20センチ程度の皮膚・筋肉を切開し、さらに肋骨をはずします。傷は大きくて結構痛くて痛み止めが術後長期に必要です。
近年は胸腔鏡による肺がん手術が次第に増え、標準化しようとしております。胸腔鏡の手術というのは内視鏡で行う手術です。腹部では胆嚢摘出術などで行われている腹腔鏡と同様に、胸腔鏡では胸部の小さい皮膚切開からカメラを入れて、胸腔の中をテレビモニターに映し、これを観察しながら病巣部を切り取るという手術になります(図4)。
患者さんの体にとってみれば、開胸とは異なり、肋骨をいじらずに小さい皮膚の傷だけで済みますので、見た目が良いこともありますが、何よりも術後の痛みが少ないです。
わたくしどもの病院でも、肺がんの標準治療は胸腔鏡で行います。胸部3カ所の小さい傷から手術を行います。1cm, 1.5cmの切開、および一番大きい傷は肺を取り出さなければいけないからやむを得ず大きくしますが2~4センチ程度の、肺が取り出せる最低の大きさの傷で手術ができるようになりました。テレビモニターを見ながら手術をするため、一見テレビゲームのようでもあり、米国では最初この手術を任天堂Surgeryと呼びました。患者さんにとっては、随分肺がんの手術も楽になりました。たとえば、東大病院では今肺がんの手術を胸腔鏡で行った場合、術後順調ならば大体5日ぐらいでお元気に退院できます。
7.肺がん手術の成績
グラフは年代別に肺がんの手術の成績を並べたもので、発表論文の中に記載された5年生存率(%)が縦軸です(図5)。昔は肺がんの手術を行っても5年間生きられる人は2~3割ぐらいでしたが次第に改善し、2010年、手術をした人全体の5年生存率は7割にまで達しました(日本肺癌学会による多施設共同研究に基づく数値)。
生存率が改善した理由は、手術が良くなったからだと申し上げたいのですが、むしろ他の要因が大きいように思います。CTなどの検査法が発達したこと、また国民の健康意識が向上し、症状がなくても定期健康診断を受け、肺がんが早く発見され、比較的治りが良いがんの手術が多く行われるようになったためと私は理解しております。
さて、手術の話が続きましたが、本当に肺がんって手術が必要かどうかという疑問を持たれる方もいると思います。逆に手術を行わなかったらどうなるか、という研究もあります。肺がんと診断されたが、患者さんの中で、手術やその他の治療を拒否された方の生存率を調べた研究があります。これによりますと、本来は手術後8割助かると見込まれるⅠ期の患者さんが、もしも手術やそれ以外の治療を行わなかった場合には、残念ながら5年生存率を見ると10%にも達しません。やはり、肺がんというのは早く見つけて手術で治すのが一番よろしいと思っております。
8.標準治療の現状
肺がんは今まで申し上げたように日本でも欧米でも非常に多い病気です。多数の患者さんに対する治療経験に関するデータが蓄積されていますが、そのデータに基づいて日本では肺癌学会と呼吸器学会が集まってガイドライン(『肺癌診療ガイドライン』)を10年ぐらい前から出版しています。ここには、標準の治療はこうあるべきだということを示しています。このガイドラインによると、非小細胞肺がんのⅠ期・Ⅱ期の場合には外科治療を強く勧める、と書いてあります。残念ながらⅢA期になると外科治療の効果ははっきりせず、ⅢB期、Ⅳ期では外科治療は勧められておりません。これは至極当然なことだと思います。要するに手術でいくら頑張っても治らないものは治りません。違う治療をする必要があります。
そのような進行した肺がんに対しては、放射線療法、化学療法(抗がん剤)が一般的に行われます。手術不能な進行肺がんに対する放射線療法と抗がん剤治療後の生命予後については、5年生存率にして10~20%程度とあまりよくありません。
9.がんに対する免疫力
後半は肺がんに対する免疫療法の話をさせていただきます。そもそもがんに対する免疫力というのは何かという話です。おそらくこれはリンパ球などの免疫担当細胞が体の中のがん細胞を見つけて、攻撃して殺すことによって成り立っていると思います。要するに、細菌やウイルスに対する免疫力と基本的には同じではないかと考えています。どうやったらがんに対する免疫力を高めることができるかということが重要です。従来からアガリスクとかメシマコブ、プロポリスなどが抗がん作用があるといわれています。がんに対する免疫力を増強させている機序としては、体内のリンパ球に対してサイトカインなどのリンパ球を活性化する物質を出させて、リンパ球の力を増強させていると考えております。
非常に珍しい例ですが、再発した肺がんが通常の医療を行わずに軽快した例をお示しいたします。私が実際に診療した患者さんです。73歳、男性、もう今から10年以上前ですが、右肺上葉に発生した肺がん、大きさは4cmでⅠB期、扁平上皮がんでいわゆる典型的な肺がんです。Ⅰ期であるため、治療として右肺上葉切除・リンパ節廓清、いわゆる標準的な手術を行いました。残念ながらこの方は7カ月後、CT写真で白い影が両肺にぽつぽつ出現しました。肺がんが肺の中に再発したと診断いたしました。この時点において病院で行える治療としては、抗がん剤ぐらいしかありません。
ご本人に相談をしました。「抗がん剤を使って治療をしてみましょうか、でも効くかどうかわかりませんが」と申し上げたところ、抗がん剤は副作用が多く嫌だからということで、治療を行わず経過を診ることといたしました。ご本人が3カ月後に受診され、再度CTを撮ったところ、がん再発巣が消えて無くなっていたのです。私は驚き、ご本人に今まで何をしたのですかと聞きました。すると、この方はアガリクスを飲んでいたと言うのです。当時私は正直申し上げてアガリクスの効果に疑問を持っておりましたが、認識を改めました。やはり人体にはよくわからないところがあって、がんが治ってしまうこともあります。ただし、残念ながらこの方はしばらくはお元気だったのですが、さらに1年後に今度は肝臓に多発転移が出て、お亡くなりになりました。
このがんが自然に治った理由は免疫力によるものだろうと推察されます。免疫とは、正常な自分と異なるものを見つけて攻撃することにあります。がん細胞というのは普通の細胞と比べて少し違うところがあります。その違う部分をリンパ球が見分け、がん細胞に集まり接着します。リンパ球は接着した相手の細胞を壊すことができるのです。感染症に対する免疫力に例えれば、インフルエンザウィルスで感染した細胞がありますと、ウイルスのタンパク質がその細胞の表面に出てくるのです。この表面に出てきたものをT-リンパ球は見分けて殺す。がんにおいてもこれと同じなんですね、要するに感染症に対する免疫力とがんに対する免疫力というのは非常に似たものではないかというふうに考えています。
10.がんのワクチン療法
現在主に行われているがん免疫療法としては、ワクチン療法と細胞移入療法が大きな二本柱ではないかと思っています。きょうはこのお話を一つ一つ行います。
まず、ワクチン療法の話を行います。がんワクチンによってどのような機序で抗がん作用を獲得するのか、少なくとも我々が期待していることを申し上げます(図6)。
ワクチンで投与するものはがん特有の組織の一部(タンパク質)ですが、これが皮下にある樹状細胞という見張り役の細胞に取り込まれます。樹状細胞はリンパ節に流れ込み、細胞表面にこのがんのタンパクを提示し、T-リンパ球に教えるのです。T-リンパ球はがん細胞に特有なタンパク質を覚え、活性化・増殖してリンパ節外に出て、癌細胞に到達して攻撃を行う、と考えられています。
がんに対するワクチンは大きく分けて二通りあります。1つは、がん発症を予防するためのワクチンです。すなわち、がんを発症する原因となるウィルスの感染を防ぐためのワクチンです。例えば子宮頸がんのワクチンがあります。原因となるヒトパピローマウイルスの感染を防ぐものです。同様に、B型肝炎に対するワクチンはB型肝炎後に非常に高率で発生する肝臓がんを防ぎます。
もう1つは、いわゆる狭義の「がんワクチン」、すなわちいったん発症してしまったがんを治すためのワクチンです。現状では多数のワクチンが開発されており、臨床研究がいろいろ行われている状況なのです。特にこの中で我々が注目しているのは「がん精巣抗原」をターゲットにしたワクチンです。抗原というのはがんに特有な、リンパ球が標的とするタンパク質だと思ってください。「精巣」とは、男性の睾丸ですが、ここの細胞だけにあるタンパクでその他の正常な臓器・組織、例えば脳・胃や肺などには全くない、そういう特異なタンパク質があります。これがどういうわけだかがん細胞に見られるのです。このがん精巣抗原をワクチンとして用いると、がん細胞に対する活性をもつリンパ球を増やすことができるということが知られています。
我々は、過去にNY-ESO-1というがん精巣抗原の一種を用いたがんワクチンの治療を行いました。実際に本治療を行われた方の一例を示します(図7)。
59歳ですが、肺腺がんに対して手術を行いましたが、1年後に再発ました。再発後には主に化学療法や分子標的治療薬をいろいろおこない、7年間経過しました。再発が広がり、いよいよ治療法が無くなった時点で、このワクチンの研究に参加していただいたのです。最後の抗がん剤治療をやめた途端に腫瘍マーカーが急激に上昇し急速に悪化したのですが、ワクチンを開始したところ腫瘍マーカーの上昇はいったん止まりました。ワクチンを接種している間は非常にお元気でした。CT所見では、ワクチンを接種の最中は、がんの陰影が消失することはありませんでしたが、ほとんど影は変わらず落ち着いた状態でありました。放っといたらどんどん大きくなってしまったと思われるので、有効であったと考えております。
がん精巣抗原については、他にはMAGE-A3の抗がん作用が期待され、現在臨床研究がつづけられています。その他にもがん細胞に特有な抗原を元に造られたワクチンが研究されています(図8)。
例えばちょっと変わったワクチンですと肺がんの細胞を4種類集めてその抽出物を主成分としたワクチンがありますが、このワクチンの接種量が多い人と少ない人を比較すると、多量に摂取した人がより生命予後が良好であったというデータがあります。一般的に、ワクチンを接種したら100%助かり、一方接種しない人はみんな亡くなったなどというはっきりしたデータは現実ではなかなか出るものではありません。
11.免疫細胞移入療法
次はもう一つの免疫療法である、免疫細胞移入療法に関して説明を申し上げたいと思います。現在東大病院でも我々が高度医療として行わせていただいている治療法であります(図9)。
治療を受ける予定の患者さんの血液中からリンパ球を取り出します。以前は献血と同じ要領で採血をおこない、そこからリンパ球を取り出していましたが、最近はアフェレーシス(成分採血)という方法でリンパ球だけ取り出して、あと残りの血液は体内に戻すので貧血を起こす心配はありません。取り出した自分のリンパ球を外で2週間培養して活性化・増殖させ、その後同じ患者さんに点滴を行って戻します。実はこの細胞移入療法というのは今から30年ぐらい前にアイデアが出されたのです。NIH(米国国立衛生研究所)のローゼンベルグ教授という先生が始められました。取り出した自己のリンパ球を体外でインターロイキンⅡというサイトカイン(Tリンパ球を活性化する物質)を加えて培養・増殖活性化させてから体内に戻します。主に悪性黒色腫(メラノーマ)に対して一部効果が認められたと報告しております。
当初はリンパ球もT細胞全般を増殖させていたのですが、最近はT細胞にもいろんな種類があることがあきらかになってきました。血液中に最も多く見られるT細胞はアルファ・ベータT細胞というものです。ほんのわずかですがガンマ・デルタT細胞が血液中にあります。このガンマ・デルタT細胞は皮膚とか腸管にも棲んでいるちょっと原始的なリンパ球です。
その他の少数派としては、ナチュラル・キラー細胞、NKT細胞が知られています。アルファ・ベータT細胞は主に細菌やウィルスに対する活性化を有するものですが、残りの少数派の細胞は抗がん作用があると考えられ、免疫細胞移入療法で使うリンパ球として注目をされています。我々はこのガンマ・デルタT細胞を使って免疫療法を行っております。このガンマ・デルタT細胞というのは肺がん細胞の表面の特異的な抗原であるMICA, MICBとを発現している細胞を特異的に見つけ出してそれに接着します。前述したように、リンパ球は接着した細胞を壊すことができるのです。ということで、このガンマ・デルタT細胞というのは肺がんに対して比較的よく効くのではないかと期待しております。以前は血液中にわずか1~3%ぐらいしかないガンマ・デルタT細胞を増やすのは大変だったのですが、最近になり培養法が開発されて大量培養ができるようになったため、我々はこの細胞移入療法を開始しました。
実際に試験管の中で確かめてみると、ガンマ・デルタT細胞は非常に増殖しておりますので、少なくとも理論上はうまくいっていると考えています。また、実際に患者さんの体の中にガンマ・デルタT細胞を戻すと、入れる前に比べたら明らかに体内のガンマ・デルタT細胞数は増加し、またそれがずっと持続しているということがわかります。あとは肺がんにたいして効いてくれさえすればと思っているわけです。肺がんに対する効果は、顕微鏡の上では明らにされています。このガンマ・デルタT細胞は顕微鏡で観察するとがん細胞を壊していることが分かります。
12.ガンマ・デルタT細胞移入療法の臨床研究
実際に当院では臨床研究(高度医療)として、自己ガンマ・デルタT細胞移入療法による非小細胞肺がんの治療を行っています。非小細胞肺がんになられて手術治療や抗がん剤による治療を行ったが、再発をきたし、他に良い標準的な治療の選択が無い方々を対象としております。2週間ごとに合計6回ガンマ・デルタT細胞を体内に戻し、肺がんに対する治療効果を検討させてもらっています(図10)。
この治療を行っている方のCT写真所見を示します(図11)。
白いところは肺がん手術後に別の部位の肺内に再発した部分です。ガンマ・デルタT細胞をやって小さくなってくれるかなと期待をしたのですが、そこまではいかなくて大体図のような感じで大きくはならない、こんな程度なんですね。でも一般的には肺がんが再発すると非常に経過は早く、あっという間に腫瘍が大きくなって全身転移に至り、長生きできる人は稀です。しかし、この方の場合、ガンマ・デルタT細胞移入療法を行っている間は、かえって元気になったような感じがすると言われて、できればもっと長期間の治療を希望されました。残念ながら臨床研究であるためいつまでも治療というわけにいかず、申しわけない思いをした覚えがあります。
この高度医療を開始する前に、あらかじめ15人の方にご了解をいただいたうえで同様な治療を行いました。検討中に他のがんが明らかになった1名を除いた14人の方に本治療の安全性について評価いたしました。3人の方は軽い副作用がありました。一人は肝機能の軽度悪化をきたし、一人は細菌性肺炎をきたし、1人は間質性肺炎となりました。いずれも治療によって副作用は軽快しました。最も状況からするとこのような副作用は免疫療法とはあまり関係ないと考えられました。
概ねこの免疫療法の安全性については大丈夫だろうということがわかりましたので、現在当院では高度医療、すなわち免疫療法だけは自費負担とし、その他の外来診察や検査などは通常の保険医療を適用して治療をおこなっています。本治療の最中は、いわゆる生活の質(QOL、クオリティ・オブ・ライフ)が良好、すなわち治療前よりも元気になった感じがすると感じられる方が多く見られます。
ただし、現状では肺がんが完治するというまでには至らず、この治療を行った後の平均生存日数は589日でした。もっとも、本治療の対象となる方は、肺がんに対する一般的な治療をもう何種類も行った後であり、平均余命通常は半年あるかないかという状況に置かれていると思います。少なくともQOLの改善、ならびに生存期間の延長が見られる点において有意義と考えております。
このガンマ・デルタT細胞移入療法は、他の施設で腎臓がんや多発性骨髄腫の患者さんにも試みられ、病状が安定したり、腫瘍の成長が減ったなど、どちらかというと穏やかな効果が期待されているようであります。
13.免疫を逃れるがん細胞とこれからの免疫療法
現状では、細胞移入療法を行っても完治にはほど遠い状況にあり、治療成績を向上させるべく基礎的な研究がすすめられています。がん細胞は巧妙に免疫力から逃れようとするのです。
がん細胞が免疫の監視から逃れる方法の1つは、「目くらまし」です。がん細胞には特別な表面抗原があり、この目印をリンパ球が発見して集まり、がん細胞を破壊すると先ほど申し上げました。このがん細胞の表面抗原が時に次第に消えてなくなってしまったり、もしくは逆に多量に産生し、細胞の外にばらまくことが知られています。多量のマーカーを外に放出すると癌細胞自身がその中にまぎれて見えなくなってしまうというわけです。
2つ目は、自分自身の細胞であることもやめてしまう。MHC抗原というのは細胞表面に存在する、自分自身の『名札』のようなものですが、これを消失させ、だれの細胞なのだかわからなくさせることがあります。
3つ目は、免疫力を弱めるサイトカインを分泌して、リンパ球に抑制をかけることがあります。または、リンパ球の中の一種である「調整性Tリンパ球」という、リンパ球の活性を抑制するリンパ球に加担して免疫力を弱めるということがあります。
このような多彩ながん細胞の防御機構にたいして、いかに今後対応するかが求められています。現在進行中の新しい治療の研究を申し上げます。生物工学といってよいと思いますが、Tリンパ球の表面を人工的に作り替え、がんを発見し、集まる能力を強化する方法が開発されています。「キメラ型抗原受容体」を付加する方法です。既に米国では、白血病に対する臨床研究が行われています。 また、申し上げたTリンパ球自体に抑制系に働く調節性Tリンパ球の力を弱めたうえで免疫療法を行うことが試されています。免疫療法を行う際に、同時に抗がん剤を適量用い、この調節性Tリンパ球の活動を阻害させることが考案されています。要するに抗がん剤と免疫療法を同時併用するというやり方です。
一般的に免疫療法では、治療を始めたら今まであった腫瘍がどんどん縮小し、消失してしまった・・・という目に見える劇的効果というのはそう多く見られません。先ほど述べたように、一見したところあまり腫瘍に変化が起こっていないようにみえることがしばしばあります。しかしこのような場合にも抗腫瘍効果が表れている可能性があります。たとえば、腫瘍が一見大きくなったように見えて、その実は腫瘍の中は攻撃をおこなっているリンパ球が大半をしめている、という状況も十分あります。すなわち、なかなか従来の抗がん剤の効果判定のように、単純に腫瘍の大きさによって効果を判定するのは難しいと考えられています。
肺がんの治療における免疫療法の役割というのは、現状では以下のように考えております。まず肺がんに対しては「標準治療」に準じた治療を行います。すなわち、いままでのデータに基づいた最良の治療、すなわち早期ならば積極的に手術治療を行い、進行して手術不能な場合には抗がん剤や放射線療法を組み合わせた治療をおこないます。肺がんが再発したり、抗がん剤などの治療を行っても進行が抑えられない、または副作用のために治療継続が困難になった場合に免疫療法を試みております。
今後研究が進み、免疫療法に関する確固たる治療成績が明らかになるにつれて、日常診療にもっと多くとりこまれる、または手術と免疫療法を組み合わせるというような複合的な治療が発展すると考えております。
今後のこと、しかし近い将来のことでありますが、がん細胞の生物学的特性の解明に伴い、より強力な免疫療法が開発されるであろうと期待するとともに、我々としましても臨床的研究を通じて努力をしているところであります。
きょうはどうもありがとうございました。(拍手)