講演会(ご案内・ご報告)

第2回講演会

プログラム3
『大人のがんは生活習慣病・・・従ってがんは予防出来る』
浜松医科大学病理部非常勤講師:遠藤 雄三先生


1.がんは一日にしてなるものではない

浜松医科大学病理部非常勤講師 元虎ノ門病院免疫部長兼病理部長 元カナダマクマスター大学健康科学学部客員教授:遠藤 雄三 先生 病理医として約29年間に、虎の門病院でおなくなりになられた約800例の患者さんを病理解剖して最終報告書を出しました。病気の原因を肉眼的ならびに顕微鏡で観察して所見をまとめあげました。そして免疫学的手法をはじめとする最先端の技術を用いて検討し、研究活動にも積極的にかかわりました。
こうしたことは「明日の医学へのいしずえ」となりましたので、自分自身医師としてたいへん貴重な経験だったなと思っています。そうした経験の中で徐々に感じてきたことは、西洋医学には限界があるのではなかろうかということでした。たとえば、抗がん剤治療ではたとえがんの増殖を抑えたとしても、多くの場合骨髄は疲弊し、しばしば悲惨な全身性の感染症や血小板減少による全身性の出血などが死因となりました。
4年前、カナダから一時帰国したおりに丸山ワクチンに興味をもっておりましたので、ワクチン療法研究施設の飯田先生をお訪ねして、さらに岩城先生のご自宅も訪問しました。お話を聞くうち、末期がんの方々にもかなり威力のあるものだと感じました。進行がんのひどい状態であるにもかかわらず、10年、20年とご存命なのですから。それも1人や2人ではない。ぜひ、この実際のデータを世の中のひとびとに知っていただかなければと、そんな気持ちになりました。
そのようなことも含めて、西洋医学に丸山ワクチンやその他の方法を使うことで、がん治療法は改善され、悩んでいる方々にとってよいことではないかと思うようになりました。
今日は、題名としては「がんの予防」となっていますが、その背景にあるものは、免疫細胞であるT細胞やマクロファージなどの問題でありまして、それをどのように活性化させるかということで、がんの予防、そして進行したがんでもあきらめる必要はないのだということを、多少でもみなさまにお示しできればと思っています。
大人のがんは、生活習慣病だと思っていただいていいと思います。といいますのは、がんは一日にしてなるものではないからです。長い潜伏期間があります。ほとんどのがんは、20年とか25年という長い潜伏期間をもっています。ですから、20年から25年という長い期間の間に、どうやったら発病しないですむか、家族、先輩や医師から教えてもらえばいいわけです。
発がんのメカニズムからはじめて、どうすればがんは予防できるのか、丸山ワクチンなどの免疫療法の意義について話を進めていこうと思います。



2.抗がん剤で副作用のおこるわけ

がんのおこり方という点では、抗がん剤開発に用いる実験動物の発がんとヒトのがんのおこり方とは大きく異なります。ヒトのがんでも、子どものがんと生活習慣病としての大人のがんを比べると、その発がん過程がまったくことなるといってもよいのです。
どんながんでも、基本的には、DNAがおかしくなることが発がんのはじまりです。私たちのからだには60兆個の細胞があるといわれています。その一個一個の細胞に父親からきたDNAと母親からきたDNAが、それぞれ1メーターずつあるわけです。二つがラセン階段のようにからまり、直径はなんと2ナノメーターといわれています(一億分の一メーター)。1メーターのうち、たった約5%に相当する部分から日頃使っているタンパク質の設計図を取り出して毎日生活しています。
DNAの鎖のごく一部がランダムに少しずつ壊されていって、その積み重ねの後に、細胞の増殖や増殖の抑制などにかかわる遺伝子までおかされてくると、それらの働きをするタンパク質に異常が起きてくることが、最終的にがん細胞に変わっていき、異常細胞の集団としてがんと認識されるようになります。しかし人間のからだには、こわれたDNAの部分をなおそうとする修復酵素があり、なんとかDNAの壊れをおこさないようにする仕組みもあります。
こういった基本的な知識を踏まえた上で、最初に述べた3つの発がんの過程を比較しながら見ていきましょう。
まず、抗がん剤の開発などで使われている動物実験の発がんというのは、がんを無理やりにおこさせようというモデルです。それを抑えるための抗がん剤ですから、かなり強力なものと考えていいでしょう。それも、発がん剤に近い働き方のある毒性をもったものです。抗がん性があると同時に、発がん性をも含んでいるのです。
一方、大人のがんは、生活習慣病という言い方をしましたが、ゆっくりと大きくなっていくがんです。動物実験におこした爆発的に増えるがんを抑える薬を、ゆっくりと増えるがんに使えばどういうことになるか。副作用が出てくるのは明らかなことです。
ほとんどの抗がん剤は、細胞が増えるときのDNAを攻撃します。ですから、細胞分裂の激しい毛髪はすぐに抜けてしまうわけです。毛が抜けたのは抗がん剤ががんに効いている証拠だと言う医者がいます。抗がん剤を使えば、がんに効いていようが効いていまいが、毛が抜けるのは当たり前のことです。
子どものがんは、母胎にいた段階ですでにDNAが壊されてしまっています。生まれたときから、たとえば網膜のがんのおきている子どももいますから。子どものがんは、われわれ大人のがんとは発がんのスタートが違うということに注目しておいてください。



3.タバコとシガレット。がんはシガレットタバコの弊害

大人のがんと子どものがんを比較すると、ここ10年来大人のがんはどんどんと右肩あがりで増えています。日本人は一年間で100万人の日本人が亡くなっています。そのうち、がんで亡くなる人が33万人ですから、ほぼ3分の1で、死亡率第一位ということです。それに対して、子どものがんは横ばいです。
がんの発生要因は、一言でいいますと活性酸素です。放射線、紫外線などは外界からの高エネルギーであり、体内の水分に作用して大量の活性酸素をつくりだします。体内からも活性酸素が常時発生しているのです。活性酸素は、酸素の中でもきわめて反応しやすい酸素で、いわばからだの中のあらゆる物質をサビつかせてしまいます。それらの物質の中にDNAがあるのです。
活性酸素というのは、いわば悪玉酸素といえるでしょう。本来、酸素は呼吸によって体内に取り入れています。99.99…%はいい酸素です。細胞は生きていくためにエネルギーをつくりだします。そのために酸素が不可欠で、この際わずかながら活性酸素が生まれてしまいます。悪玉酸素がDNAを傷つけてもいっこうにおかしくない状況です。
この活性酸素を大量に発生させて発がんの元凶になっているのがタバコです。
タバコは肺がんを引き起こすので悪いといいます。江戸時代だってタバコを吸っていたではないか。タバコがこわいと大騒ぎされたことがあっただろうかと反論されたことがあります。同じタバコでも、昔と今ではまったく違います。タバコとシガレットの違いです。シガレットには、コンパクトディスクのように、タバコがいっぱい詰まっています。タバコの弊害というより、「シガレットタバコ」の弊害といってもいいでしょう。
19世紀後半、シガレットの自動巻きが開発されました。そして、シガレットを世界中に売ろうとしました。アメリカとイギリスの会社の世界戦略でした。もちろん、日本にもシガレットは進出してきました。日本は、それに対抗するためと日露戦争の戦費調達のために専売公社を作ったわけです。
カナダにいたころ、古い医学雑誌を見ていて、興味深いことに気づきました。20世紀はじめのがん専門誌には、肺がんのことが出ていませんでした。どうしてだろうと、1920年代、30年代、40年代と論文を調べてわかったことは、肺がんが人間ではじめて見つかったという記述がありました。当時の総説をみると、肺がんは動物のがんで、人間にはないとされていたのです。ですから、当時の医学者には人間の肺がんが見つかったというのは、新鮮な驚きでした。
もともと、タバコは南米のマヤやインカ、アステカで、儀式とお祭り用に使われてきました。タバコが自動巻き機で大量生産され、商品として世界に販売されました。そして大量消費の時代になって、肺がんが先進国を中心に出現し、増加して今日に至っているわけです。



4.肺がんは、健診で見つかった時点でもほとんどが手遅れ

がんというのは、大きさが小指の頭くらいになって、がんがありそうだなというところまで、20年はかかるとされています。しかし、それをすぎると、2〜3年で、命にかかわる状態になってしまいます。ですから、がんはこわいということになるわけです。
ですから、まずがんにならないようにする一次予防が大切です。がんは見つかるまでの約20年間をいかに過ごすかということです。次に、早期発見早期治療。これは二次予防といいまして西洋医学がもっとも得意としている分野です。そして、そこで見逃された場合にどう対処するか。これが三次予防です。ここには、漢方、気功、アロマテラピー、などなど人間トータルにケアされるという医学が求められています。そして痛み対策とともにホリステイックなサポートが不可欠です。
西洋医学は二次予防が得意だといいましたが、肺がんや膵臓がんなどは早期に発見されても、なかなか治療は難しいのが現状です。胸部レントゲンで肺がんが見つかることがありますが、この時点で、多くの場合手遅れです。胸部レントゲン検査が必要かどうか、大論争が起こっています。
会社で毎年このような検診が行われていることは、効果の低さと放射線被爆という損益評価の点で大変問題ではないかと考えます。ヘリカルCTという通常のレントゲン検査よりもはるかに精度の高い検査手段がありますが、これで見つけた肺がんでも、すでに半数が進行がんになっているという報告があります。胃がんや食道がんは平面的に直径1cm以上あっても大丈夫ですが、肺がんは直径1cm未満でも血管内のがん浸潤のため危険となります。
肺がんの場合は、罹患率(がんになる率)と死亡率が、ほとんど同じ数値になっています。これは日米の統計でも同様です。つまり、現在用いられている肺がんに対するがん治療がほとんど効かないということを意味しています。となると、どうすればよいのか?ということになります。
免疫学的には、非自己である細菌とちがってがん細胞は自分自身です。細菌の排除や非自己である移植臓器の拒絶のようにがん細胞を拒絶できるとよいわけです。がん細胞は進行するにつれて、だんだんと非自己化していく可能性があります。つまり末期のがん細胞は、自分らしさが失われた細胞となるでしょう。免疫にかかわる細胞たちががん細胞を自己であるか非自己であるかを認識して、非自己であれば攻撃するという免疫機能の網に引っかかる可能性があるわけです。
ですから、末期のがんの場合、がん組織をたたいて、がん細胞抗原を無理に提示させれば、さまざまな免疫担当細胞たちが働いて、がん細胞を排除することができるかもしれません。つまり細胞性免疫の強化であり、免疫療法の重要なヒントがここにあるような気がします。丸山ワクチンも、こうした使い方で、末期がんにも高い効果を発揮しているのではないでしょうか。
しかし、ずっと明るく前向きにいられるものでもありません。やがては、また悲しみや寂しさ、不安に戻っていって、またそこに希望の種をまくわけです。そうした循環が人の心にはあります。私の経験では、悲しみ徹してしまっていいと考えている人は、意外と経過がいいですね。この世は、悲しいんだと決めつけてしまうことで、心が安定するのでしょう。



5.冷蔵庫の普及で胃がんが減った

大人のがんは右肩上がりといいましたが、減少しているがんもあります。20世紀前半では、アメリカでも胃がんの死亡率は第一位でした。当時、胃がんをいかに減少させるかが医学、医療の重要な課題でした。しかし今では胃がん死亡率は大変減少し、統計的に隔世の感があります。
1940年代に、アメリカ国立がん研究所が主催した全国規模の学際的な研究会がありました。胃がんをいかに撲滅するかという長期研究計画がけんとうされ、がん専門誌に掲載されました。その後大規模な国家予算がつぎこまれて、動物実験をはじめさまざまに研究が進められました。研究成果はあがりましたが、胃がん撲滅の具体策がないまま胃がん死亡率が急速に減少していきました。よく調査していくうちに意外なことが分かってきました。冷蔵庫の普及率の増加と胃がん死亡率の減少が逆相関したのです。これは「予期せぬ胃がん撲滅宣言」という論文となって発表されています。
つまり、冷蔵庫で新鮮な食べ物を自然に近い形で保存できるということで、食べ物の保存剤が重大な関心事となりました。冷蔵庫が普及したことで塩や硝酸塩という保存剤を使わなくてよくなったことが、胃がん死亡率減少の原因だったのです。塩は胃粘膜の粘液保護膜を化学的に破壊します。硝酸塩は窒素化合物であり、発がん物質に近い性質を持っており、消化液の中でさまざまに化学反応を受けて変化していきます。
塩分を減らすことに加えて、生野菜を食べられるようになったことも大きな要因です。ビタミンCが胃の粘膜を保護するからです。
日本人は、まだ塩っけの多いものを食べています。しかし「漬物革命」があったように、漬物の塩分、硝酸塩の濃度は格段に減少しています。かなり塩分の摂取が減ってきて、胃がんも減少しています。健康診断や胃がん検診による早期発見もありますが、食生活の変化がもっとも大きいのではないかと考えます。今、10年前には男性で10万人当たり60人くらいが胃がんで亡くなっていたのですが、今では20人くらいです。女性では、40人くらいが10人くらいに減少しています。
アメリカでは、7〜8人ですから、かなりアメリカに近づいてきたと言えます。
逆に、大腸がんはアメリカ並に増えています。これは欧米型の食べ物が原因であることはあきらかです。また昔の日本人女性には乳がんは大変少なかったのでした。しかし、現在は大変増えてきています。
これに関連して興味深い調査報告があります。
アメリカのがん学者が、パプアニューギニアの現地人女性のがん検診をしました。現地の女性にはじめて乳がんが発生したことがわかりました。それまで乳がんが起こらなかったことと初めての乳がん発生についていろいろ調べたところ、ハンバーガーショップの進出が原因らしいぞということになりました。しかしこまかい原因はあきらかではありません。それまで現地人の食べ物は植物主体でした。急に肉製品を食べるようになって、消化管の働きは大きく変化するでしょう。今までにないものがからだの中に吸収されるでしょう。腸内細菌のバランスは崩れます。牛豚肉そのものだけでなく、畜産に使うホルモン剤や抗生物質など食品添加物などが複雑に原因となっているのでしょう。
また、肉類や乳製品をとることにより、女性ホルモンが旺盛になります。これも乳がんの原因となっています。世界各国の統計を比較してみると、牛豚肉の消費量が多くなると乳がん死亡率が増加するという傾向はあきらかです。一方、野菜や果物の消費量が多い国では乳がんや大腸がんの死亡率は低くなるという逆相関の傾向もあきらかです。



6.がんはどのようにおこるのか

細胞には、アポトーシスという現象があります。細胞が自発的に死んでしまうという意味です。プログラムされた細胞死という言い方で、「かれ葉が木から落ちる」という意味から医学用語として使われるようになりました。
たとえば、おたまじゃくしがカエルになるとき、尻ッポが消えてなくなります。細胞がアポトーシスすることで、不必要になった尻ッポが消滅してしまうのです。
大人になったからだを維持するために、毎日どこの部分もかならずリフォームしています。リフォームは細胞が分裂して起こるのですが、必ずアポトーシスとセットになっています。つまり、大人になると、細胞が2個に分裂するたび、1個が消えてなくなることで、細胞の数をコントロールし、皮膚表面や臓器の形を維持しています。
たとえば肝臓の中では、1日に5グラムずつおきかわっています。大腸・小腸は100gずつおきかわっています。しかし、重さ分だけ増えるのをアポトーシスで減ることになります。そして臓器全体の大きさとかたちのバランスをとっているのです。アポトーシスしなければ、肝臓も大腸・小腸もどんどん大きくなってしまいます。つまり、それはがんということになってしまいます。アポトーシスというのは、全体が生きるために、その一部である細胞が死んでいくという興味深い現象です。アポトーシス機能が狂ってしまうと、本来消滅すべき細胞が増え続けてしまうとがん化するのです。これは新しい考え方の発がん仮説です。
さて、がんがどうやってできるかという研究は古くから行われています。世界に先駆けて、東大の山際勝三郎先生と市川厚一先生がうさぎの耳にタールを塗り続けてがんを発生させました。「タールが問題なのではなく、塗るという刺激が問題だ」と山際先生らは刺激説として唱えました。
しかし、欧米の研究者は、タールが問題だという見解でした。タールと刺激という二つの因子が発がんに関わるという説が、二段階説です。がんになるには、まずDNAのこわれ、その積み重ねから遺伝子の異常につながり、がんのもとになる細胞ができる段階(イニシエーション)となります。さらに、がんのもとになる細胞の成長を促進させる要因(プロモーション)が関与するとされる説です。放射線や紫外線、かび、タバコ、魚の焦げなどがイニシエーションになり、脂肪分の多い食事や食塩、アルコールなどがプロモーターとなります。これらの要因は厳密に2つの段階に分けられるのではなく、発ガンの過程がおおまかに2段階に分けられるという考え方をあらわしているものです。科学が発達して、現在では以下に述べる多段階説が主流になっています。
遺伝子を詳しく調べることによって、イニシエーションにも多くの段階があり、プロモーションにも多くの段階があります。さらにプログレッションという段階が加わったものです。プログレッションというのは、がんが浸潤や転移によって、さらに悪性化していく過程をいいます。
こうした仮説があるのですが、では、イニシエーションの前には、一体、何が起こっているのでしょうか。



7.炎症細胞がつくり出す活性酸素が自分の細胞を攻撃する

活性酸素は、白血球によってつくられます。白血球は、細菌を選択的に攻撃すると考えられてきましたが、実は、それほど自分のために働いてくれません。単なる化学反応と同じで、自分の細胞も同じようにやっつけるということがわかってきました。その攻撃する武器が活性酸素なのです。
炎症がおこると、そこへ白血球が集まってきます。そして活性酸素をどんどんとつくり出します。それが、自分の細胞も攻撃し、DNAを傷つけるわけです。DNAが傷つき、そのまとまった部分が遺伝子異常となり、最終的にがん細胞が発生します。
大腸に炎症がながびいておこっていると、内壁をおおっている上皮細胞という細胞のこわれやビランとなり、細胞の再生の過程でDNAの壊れがおこりやすくなります。そして、大腸がんの発生する可能性が高くなります。
タバコをずっと吸っていると、気管支や肺の中に炎症が起きます。それが、治ったり、再発したりを繰り返しているうちに、炎症細胞の発生する活性酸素が、再生する気管支や肺の上皮細胞のDNAが壊すことになります。
少し前までは、がんを発生させるがん遺伝子があるとされていました。がんになるのを抑えるがん抑制遺伝子もあるとされていました。これらがウィルスの中に含まれていて、感染することで人の細胞に感染して、がんがおこると考えられてきました。しかし、そうではないことがわかってきました。がん遺伝子と思われていたものは、自分の細胞を増殖させる遺伝子でした。そして、がん抑制遺伝子というのは、細胞の増殖を抑える遺伝子だったのです。
細胞増殖遺伝子の異常は、車で言えば、アクセルの故障です。細胞増殖抑制遺伝子の異常は、ブレーキの故障です。この故障によって、細胞が異常増殖します。これががんです。



8.慢性炎症を起こすことががんの発生につながる

イニシエーションの前には、炎症が起こっているというわけです。それを、臓器ごとに見ていきましょう。
まず、胃です。胃がんは、胃のどこにでもできるというわけではありません。胃がんと胃の炎症である胃潰瘍とは、同じような場所にできることが確認されています。
口に近いところでは、がんも潰瘍も起こりにくくなっています。塩が胃がんの原因だと言われていますが、塩をとりすぎると、胃が萎縮性胃炎をおこしてしまいます。そして、胃の中の酸の状態が弱まってくると、ピロリ菌が元気になります。ピロリ菌が繁殖すると、胃の粘膜が炎症を起こし、白血球が集まってきて、活性酸素を出します。活性酸素によって、細胞がただれたり、再生を繰り返すと、DNAが傷つき、上皮細胞ががん化します。胃潰瘍を起こすような粘膜の弱いところにがんが発生しやすくなっていると言えます。
次に肺です。タバコをたくさん飲む人の肺を見ると、蜂の巣のように穴ぼこだらけになっています。あるいは、肺気腫といって、肺がぶくぶくに膨れ上がります。
がんになるのは、蜂の巣のようになったところが、慢性の炎症を起こすからです。ヘビースモーカーとそうでない人のがんになるリスクは、10倍くらい違います。
大腸がんも、炎症が前段階になってがんが発生します。あるいは、ポリープが増えてがんになるパターンです。頭痛もちでアスピリンを飲んでいた人は大腸がんになりにくいというデータがあります。アスピリンは、抗炎症剤です。炎症を抑えることで、がんも抑えることができるということだと考えられます。
次に子宮頸部です。大人の女性の子宮頸部には、ヒト乳頭腫ウイルスというウィルスが潜伏的に感染しています。しかし、このウイルスをもっているとかならず子宮頸部がんになるわけではありません。性交渉によって炎症を起こしたときに、細胞が破壊された後に頸部の細胞が再生することを繰り返してDNAに傷がつくのです。最近では、衛生意識が高まり、性の知識が増したことにより、子宮頸がんは減少しています。
最後に肝臓です。肝細胞がんは、多くの場合肝硬変からおこります。肝硬変になるには、B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスの持続感染と慢性炎症が、前段階となります。これらのウィルス感染は輸血や注射などにより感染します。輸血のときなどに、肝炎のウイルスがチェックされるようになってから、最近は、肝細胞がんは減っています。これも、肝臓に炎症が起こって、肝細胞が破壊と再生を繰り返す中で、DNAの異常が起こってくることが原因です。
虎ノ門病院に興味深いデータがあります。肝硬変になってから5年、10年、15年と肝臓機能検査で経過を見ていきます。場合によっては、肝臓の一部を針生検でとって調べました。グラフの下の線はB型肝炎ウィルスによる肝硬変の人々が肝細胞がんになる割合、上の線はC型肝炎ウィルスによる肝硬変になった人々の肝細胞がんになる割合です。B型肝炎ウィルスの肝硬変になった人々は、7年目くらいで発生率が横ばいになります。
いっぽう、C型肝炎ウィルスによる肝硬変になった人々では、肝細胞がんになる危険性はどんどんと増えていって、20年後ではほとんど100%に肝細胞がんは発生してしまいます。どうしてこのような違いがおこるのかと言いますと、B型肝炎ウィルス感染の場合だと、経過とともに慢性炎症が落ちついてしまいます。C型肝炎ウィルス感染の場合だと、ずっと炎症細胞が見つかるということがわかりました。このような事実から、慢性炎症ががんの発生に大きなかかわりをもっていると考えられるのです。



9.がんにならないよう予防することが一番

最後に進行したがんに対する免疫療法の現状についてお話します。
がんを攻撃する免疫細胞としてNK(ナチュラルキラー)細胞が注目されました。しかし、NK細胞を強化しようという方法も、期待したほどのものではないことがわかってきました。また、患者さんのリンパ球を体内からとって、それを培養して戻してあげるという方法にも大きな期待が集まったことがありました。この方法も期待はずれだったと言ってもいいでしょう。
さらに、白血球の一種の樹状突起細胞というマクロファージ(大食細胞)があり、異物を認識し、免疫細胞に伝えるという役割をもつ細胞を強化するという方法が研究されています。人間が生まれもった免疫を自然免疫と言いますが(NK細胞もそのひとつです)、これをきたえるという方法もあります。
また、がんワクチンの研究も進んでいますが、限られたがんにしか使えません。
私は、先ほどもいいましたが、進行したがんなら、がん細胞を非自己として免疫担当細胞が認識する可能性があります。免疫担当細胞にうまく認識させて、臓器移植の拒絶反応のように、がん細胞を追い出すように仕向けるのが一番かと思っています。細胞性免疫の強化が、がん免疫療法のバックボーンと考えます。丸山先生の着眼点は、結核患者やハンセン病患者にがんが少ないという点です。
これらの細菌感染に対して細胞性免疫が活性化されているので、がんに対しても抑えているのではないかという発想です。このような細菌の細胞膜をワクチンとして用いることにより、細胞性免疫系を強化してがん治療に役立てようと考えたのです。これは今でいうところの細胞性免疫優位状態の誘導であり、がんに対する免疫担当細胞を強化することを意味しているのではないでしょうか。名前の意味することと異なり、丸山ワクチンは、細胞性免疫強化ということになりましょう。